飛行場を爆破する案を思いついたオッチョ少年が手のひらを折鶴みたいにして、「飛びます、飛びます」と言っていたのはコント55号のギャグだ。王貞治が放ったシーズン最多記録となる55本のホームランにちなんで付けられた芸名である。
オッチョの発想のせいで羽田空港はえらい目に遭った。約3年後に彼がその近くの刑務所に放り込まれたのも何かのご縁であろう。ともあれ、バレンティンの記録達成はその本数もさることながらペースがすごかった。
逃げて回った昔の投手と違って、受けて立ったピーチャーたちも立派である。大の王さんファンだった私としては、自分が生きているうちに大記録が破られてうれしい。でも退場を食らうとは実によくねえ。
さて。ベテランのカウンセラーの体験談によると、過去「こういうことをしたか?」という質問に対して、何か後ろめたいことがあっても咄嗟に上手い嘘を付けないとき、大和民族は「覚えていない」と取りあえず答えるらしい。そういわれてみれば、自分もそういう前科があるような気がする。近年の犯罪者は「酔っていて覚えていない」と言うが、酒に失礼である。
”ともだち”は「自分が誰だかケンヂが知ってるよ」とが遺言を残した。しかし、マルオがこいつは誰だか知っているのかと訊いたところ、ケンヂは「わからない...」と即答している。これが方便なのかどうかは、これから始まる少年時代の話やヴァーチャル・アトラクション(VA)の場面で考えよう。
第2話に入る前に、ちょいと気になるのは第一話の「”ともだち”の死」というタイトルである。これは「21世紀少年」上巻の巻名にもなっている。他方、第12集の最終話は「ともだちの顔」になっており、第13集の第2話は「ともだちの死」になっている。そちらの方はフクベエだけを指している。
こういう展開を経てきたから、何となく私はホンモノの”ともだち”はフクベエであり、最近死んだほうの”ともだち”はニセモノのように思っていたのだが、考えてみれば後に出てくるチョーさんメモが示すとおり、あるいは長髪が感づいたように、またキリコも疑っていたごとく、当初から”ともだち”は複数だったのだ。役割の名前であって、一個人の別称ではなかった。
一人二役とか三役というのは舞台や映画やテレビドラマでおなじみの設定であり、そもそも落語はそれが芸そのものになっているのだが、二人一役とか三人一役とかいうのはあまり聞かない。彼らはなんでこんな面倒なことをわざわざしたのだろうか。
それに「しんよげんの書」の執筆過程で見てきたとおり、フクベエの預言は「ばんぱくばんざい」とか「せかいだいとうりょう」とか子供っぽいものだったが、ナショナル・キッドのほうは「よげんの書」の啓発本となった少年漫画雑誌の「大図解 これが地球滅亡の日だ!」並みに物騒で、両者お互い相容れず決裂したはずであった。それなのに何故、運命共同体になったのか? これはいくら考えても良い答えは出ないな。
では先に進もう。第2話のタイトルは「夢の中の大人」。第2話の最後の数ページは、大人のケンヂが出てくるからVAの中だ。問題はその前のジジババの店と公園のシーンが、本当の日本昔話なのかVAなのか分からない点である。
私としては本物と思いたい。なぜならば、ドンキーとモンちゃんが出てくるからだ。モンちゃんはこの後でVAに出演するが、ドンキーはこれが最後の登場シーンである(回想シーンで顔だけ出てくるが、声を聞けるのはこれが最後)。これが”ともだち”の「内面」とやらでは悲しいではないか。それに夢の中の大人の話も脚色の可能性が生じてしまう。だからVA案は却下。
第2話の表紙絵は《成人映画》「愛欲のさかさくらげ夫人」という素敵なポスターである。ここにその詳細を転記するのは紙面の都合で避けるが、いつもながら成人映画のキャッチ・コピーは素晴らしい。語彙が豊富で修辞も冴えている。
ウェブで「サカサクラゲ」を検索すると、真面目なサイトがたくさん並んでいる。いつの間にか本物の飼育用クラゲの名前として普及しているらしい。嘆かわしい。われわれの世代はご先祖から受け継いだ幾多の伝統を、後世に伝えきれずに年老いようとしている。
負けるもんか。ホンモノの「さかさくらげ」とは連れ込み宿のことである。連れ込み宿も死語か? 今でも田舎の温泉とか銭湯などで時折あの標識を見ることがあるが、最近の若者は何も連想することなく健全に入浴するなり通り過ぎるなりで終わるのだろう。やはり嘆かわしい。
わが家から上野は歩いてすぐの距離だし、ちょっと頑張れば浅草も吉原も千住も徒歩で行ける。ここいらは江戸の昔から男の遊び場が多く、今もその子孫たるきらびやかなホテルが少なくない。だがもう、さかさくらげを掲げている店は見当たらない。時は流れた。そもそもネットのせいで、成人映画すら廃れた。便利さと風情は負の相関関係にある。
(この稿おわり)
見づらいですが日本海に浮かんでいたクラゲです。 (2013年7月9日撮影)
吉原の太鼓聞えて更くる夜にひとり俳句を分類すわれは 子規
暑さ寒さも彼岸までと申します。 (2013年9月19日撮影)
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