おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

双子か? (20世紀少年 第787回)

 前回の続き。双子説は便利です。二人の大人の顔がお互い驚くほど似ているとなれば、人はまず血縁関係を考える。しかもこの二人の場合、片方の妻だったキリコが年齢も体付きも、さらに声まで似ていたと言うのだから、双子なら全部一度に解決できる。

 ただし双子だったとしたら、例えば「なぜ、わざわざ整形してまで似せようとしたのか」などという疑問を置き去りにしたまま、状況説明で終わり。スポーツ中継の解説でおなじみの結果論と同様である。辻褄が合っている感じだけ残して、先に進んだ方が人生は楽だが。


 オランウータンやチンパンジーとヒトのDNAとやらは90数%同じらしいが、外見や品格(もちろん先方が上座)に何故これほどの差があるのか。逆にアシカとアザラシは見た目なら良く似ているが、発生学上では全く異なる進化をしてきたらしい。

 こういうような今日明日の生活に何の役にも立たない事に、何ら好奇心を抱かずに済む人は健全であり長生きもするだろうから、彼らのおかげで社会は動いているのだ。そうではないものが立ち止まり、五十歳を超えてもマンガを読んでは悩む。


 私が双子説を採るのに抵抗を覚えるのは、容貌がそっくりという事実以外は、二人が全然、双子らしくないからである。兄と弟というのは何も双生児に限らず、実にどうでも良いことで張り合ったり、逆に羨ましいほど見事に連携する。私には男のきょうだいがいないので美化しているかもしれないけれど。

 このマンガで双子と言えばヤン坊マー坊である。どの年代においても二人は痩せ方や太り方に至るまで不自然なほどに似ているが、後半になって個性が出てくると、つまらんことで自説を曲げず言い争いをしている。一方で、他者と戦うときは一致団結しており、曽我兄弟、秀吉秀長以来の日本兄弟の伝統を継ぐものである。


 これまで読んできた中に、あるいはこれから見て行く中で、フクベエとカツマタ君の間での、ときには山根を交えた三人の間での幾つかの言動が描かれているが、どう見たってフクベエとカツマタ君は双子という感じがしない。

 お前は日本中の双子を知り尽くしているのかと言われたら答は否だが、全知全能の神ならぬ身、立派な学者だって自分が知っている範囲で、これが正しいと言い張っているのだから、漫画の読者だって実体験に基づき自説を展開したところで、お天道様に見られても恥ずかしくはないぞ。


 もう少し具体的に、なぜ双子なり兄弟なりという感じがしないのかと言うと、文字通り血が通っているという印象がないからだ。私の周囲の兄弟たちは仲が良かったり悪かったり、その両方を繰り返したりと忙しいものだが、そういう血族ならではの放射熱や落ち着きのなさが、この二人の間には欠けている。

 あるのは冷酷さと反発と、見せかけの協同だけだ。一方は他方に、お前は今日で死にましたと言い、他方は一方の死にざまを予知し、その死を利用した。私がこの人生で知り合った何組かの男の双子たちの名誉にかけて、このご両人は双生児ではない。私もここまで威張ると、当然、ではなぜ整形したんだという質問が続くのだろうが、少し疲れたので一休みします。なぜ、こんな苦労をしてまで...。



(この稿おわり)




 君の行く道は果てしなく遠い
 だのになぜ歯を食いしばり
 君は行くのかそんなにしてまで

          「若者たち」  ザ・ブロードサイド・フォー



 かへし



 のんびりいこうよ俺たちは
 焦ってみたって同じこと

          すずきひろみつ





 


てっせん (2013年7月8日撮影)






これは何時代からのものか?? 昭和? 弥生?
(2013年7月8日撮影)






宇宙人も左手




























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