おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

理論上 (20世紀少年 第717回)

 第21集の120ページでフクベエは火星移住計画が予言されたページを破り捨て、その次のページでは科学者らしき男二人に加えて、事情に通じていない男一人が道化役として登場する。道化は大きなスクリーンに映し出された「第一次調査船のクルー」が送ってきたという火星の画像を見て感動しているのだが、学者たちは無言である。

 あとは如何にこの荒涼たる砂漠を人間が住めるようにするかだと道化が問題提起すると、先輩のほうの学者は「できるよ」とあっさり言った。喜ぶ道化に後輩が「理論上はね」と釘を刺す。先輩の学者によると、要は地球温暖化と同じ要領だということらしい。すなわち大量の二酸化炭素フロンガスを送り込み、温室効果で火星を温める。火星の温度を知らないが、地球よりずっと太陽から遠いのだから、さぞかし寒かろう。気温を上げれば地表の水も溶ける。


 道化は実現するんですねと興奮気味であるが、先輩学者は「100年か200年か、理論上はね」と語る。いま火星移住局でいくら順番を急いでも、とても間に合いそうもない。上手くいって100年後に気温を上げたとて、そもそも適度に酸素がないと生きていけないし、水だって有毒物質を含んでいるかもしれず、泥水だったら洗濯もできない。衣食住のための物資も必要だし、食用の動植物も一緒に移住しないと人間は生きていけないのです。

 それでも二人の学者は、”ともだち”もとんでもないことを言い出したものだとぼやきつつ、「やるしかない」という結論に達している。何を「やる」のか。移住するフリしかできまい。多くのSF作家・漫画家は、こういう異星の環境調整の面倒を避けるため、超光速のロケットなど引っ張り出して太陽系を飛び出し、深宇宙に地球と似た星を上手いこと見つけ出しては人類を移住させている。

 だが、それですら大抵は何百世紀もあとの設定で、この時点ではとても無理です。光速と競争できるようなスピードの乗り物などないし、そもそも”ともだち”は始めから火星移住など実行するつもりはないだろう。彼の予言は「火星移住計画を発表しました」であるから、国連で計画を発表しただけで予言は実現したのである。


 さらに言えば、次回話題にするがウィルスもどうでもよいようで、もうとっくに彼にとってこの世界は不必要なのだ。フクベエの場合、自分は最強の世界大統領として地球上に生き残るつもりであり、「世界征服」が夢だと第1集でも語っているのだが、今の”ともだち”の野望は「人類滅亡」まで進んでしまっている。この科学者たちでさえ、そこまで知っていたら、こんなに悠長に構えてはおられまい。

 まして道化は火星移住計画の事態すら把握しておらず、「こうして調査隊も着陸したことだし」とがんばっているのだが、先輩の学者は「よくできてるだろ、そのビデオ」とやけっぱち気味に自慢しており、後輩の学者も「とてもCGとは思えない」と嬉しくもなさそうにほめている。道化は乗組員10人乗せて火星にロケットを飛ばしたではないかと反論する。「とっくに連絡は途絶えているよ」と学者は冷たく言った。カプリコン・ワン状態なのであった。


 舞台は替わって密室の椅子に男が一人、後ろ手で縛られて座らされている。彼は元火星移住局の長官だそうで、「正しい報告書」を書いてしまったばかりに弾劾されているのだ。ちなみに、ともだち府の行政官の役職名はあっさりとしたもので、科学技術省のマー坊も、この元火星移住局の最高責任者も「長官」である。今の日本政府であれは省のトップは大臣、局はもちろん局長のはずだが、現実の政府ほど序列にはうるさくないらしい。

 元長官は、火星移住も宇宙人襲来も「嘘だ」と叫ぶのだが、嘘は嘘ではないという”ともだち”ならではの倒錯したロジックで反論されてまともな会話も成り立たないまま、「本物」のウィルスを浴びせられて気の毒な最期を遂げた。物言えば唇寒しどころではない言論統制の極地。

 その続きに官僚らしき二人の男の会話が出てくる。片方は厚労省所属らしく、相手に今度のウィルスはどうなんだと訊かれ、あれマジ、シャレんなんないと答えている。ワクチンの開発など「ムリムリ」とのことで、先ほどの学者たちや死刑執行人たち同様ともだち府の内部では退廃と諦念が支配している。「おわりは、”ともだち”しか知らない」のであった。さて、このまま終わると何だか後味が悪いので、雑談で散らかして終わろう。


 火星を舞台にしたフィクションで今、手元にあるものといえば手塚治虫の「キャプテンKEN」という中編漫画。すでに21世紀初頭に火星は地球の植民地になっている。火星年代記もそうだったが、科学技術は宇宙に関する限り、SFの想定ほど速くは発達しなかったのだ。でも携帯端末のような身近なところでは、とんでもない進歩を遂げている。司馬遼太郎が書いていたように、文明は「便利さの総和」の方向に進んでおり、冒険的な要素は減りゆくばかり。軍事の実態が変化したからだろう。

 かつて神様がかぶっていた帽子のひさしに書いてあった「MARS」は英語で火星を意味する。ローマ神話の軍人マルスから取られた。昔から不思議に思っているのだが欧米の星座の名は基本的にギリシャ神話からとられているのに、なぜか惑星はローマ神話の神様たちである。バランス感覚か? 火星にはオリンポス山という大火山があり、標高は約27キロ。富士山が4キロ弱だから、ものすごく高い。宇宙遺産にしてはいかが。



(この稿おわり)






上野公園にて (2013年5月5日連休中に撮影)































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