おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

理解 (20世紀少年 第713回)

 第21集の109ページ目。”ともだち”は「誰でもいいのよ」という暴論を披露した高須は、押し黙った万丈目に「あなたは理解できなかった。信じ切れなかったあなたの負け。」と言った。これが死刑の罪状であるが、わかりにくい。クーデターの罰ではないのか? いや多分、それはそれでそうだろう。”ともだち”が知れば、当然、”絶交”であろう。だが、”ともだち”は知っているのだろうか。これはとうとう分からず仕舞い。

 それに”ともだち”本人はもうそんなこと、どうでも良い境地に行ってしまっている。だが、高須は幹事長の座を欲している。これもこれでクーデターだ。万丈目が普通に粛清されてしまったら、幹事長は他の誰かが任命されてしまうかもしれない。手柄を立てないといけない。


 本能寺の変の急報が届いたとき、羽柴秀吉黒田官兵衛らとともに山陽で毛利家と戦っていた。急転直下、彼は京方面に軍を返して今はウィスキーの銘柄で名高い山崎で明智光秀を破った。さらに信長の葬儀を行い、後継ぎに信長の嫡孫を立ててライバルの柴田勝家を黙らせた。法統・血統、すべて使っての大戦略である。

 高須がどうやって陰謀の事態を収拾したか不明であるが、結果的にクーデターはもみ消され、親友隊も地球防衛軍と仲良くなっているので、おそらくこれが高須の奔走の結果であり、ご褒美が新幹事長なのだろう。だが、高須はまさか”ともだち”が人類滅亡どころか、地球ごと吹っ飛ばすつもりでいるなど想像もしていない。知っているならば、おめでたを喜んでいる場合ではない。


 ところで、高須は「理解」という言葉が好きである。教師時代からの癖らしく、医師にも理解を求め、後に中谷にも理解を求め、万丈目は「理解できなかった」から死に値する。ところで、辞書など見なくてもだれでも知っていることだが、理解という言葉には二つの意味があって、一つは意味が分かること、もう一つは相手の立場や心情に沿うこと。後者は「お願い、理解してよ」などと使う。

 英語の達者な日本人に教わったことがある。ふつう「理解する」、「わかる」は英語で「understand」を使うのだが、この英単語は単に意味が通じるというよりも、先ほどの例では後者のほう、相手側に立つという意味合いが強いそうだ。したがって英語では安直に、お前の言うことも分かることは分かるという程度で「I understand」と言ってしまうと、ビジネスの場面などでは相手に同意するととらわれかねないので注意しなければならないという。


 確かに英英辞典をみると、「Definition of understand: 1 perceive the intended meaning of (words, a language, or a speaker)
he didn't understand a word I said」となっている。第1義は「相手が意図した意味を認める」、用例として「彼は私の言うことを理解してくれなかった」。これは言葉が通じないというレベルではなくて、同意や共感をしてくれなかったということである。

 英語の映画において討論の場面で「I don't understand」と叫んでいるのは、たいてい意味不明だと言っているのではなくて反対していると考えて良かろう。ギャング映画や戦争映画で、ボスや上官がよく「Am I understood?」と威張っているが、これは質問ではなくて、俺の言うことをきけという意味だ。文字どおり下(アンダー)に立つ(スタンド)を求めているのだ。高須のいう理解とはこのことである。


 万丈目がすりかわった”ともだち”を「理解」できなかったとは、そういうことなのだ。つまり彼にとっての本当の”ともだち”はフクベエだけであり、別人の”ともだち”は受け入れなかったのだ。高須にとっての”ともだち”は失礼ながら残念ながら近年の日本の首相と大差なくて「誰でもいい」の。個人ではなくて権威が必要なのだ。組織の存続と保身のためには。ここが興行主と政治家の違いである。

 最後に高須は「おめでた」の件を嬉しそうに万丈目に報告している。これを聞いた万丈目の表情は驚愕というよりも恐怖に近いものだ。正気ではなかったのである。本気で撃つつもりだと確信したのが、この世での万丈目、最後の思念であった。しかし、このおっさんのしぶとさも並ではなく、あとでまた出てくる。


 高須が「おめでた」という言わなくても済むことまで万丈目に伝えたのが、もしも相手のこの顔を見たかったのだとしたら相当のサディストである。さて、彼女の回想も終わって、中谷に葬儀は予定通り内々にと指示している。始末した元支配者を悪く言うのは歴史の常道である。紂王は有能で魅力的だったという説もあるが、酒池肉林の男にされてしまった。万丈目も大々的に顕彰する必要なしということだな。

 そして中谷には自分の警護をもっと厳重にと伝えている。中谷は無表情に「わかっております」と言ったが、高須は「本当に分かっているのかしら」と分かるの意味を確認している。次の「理解できる?」とは、先生や親が「わかったの?」と叱るときと同じで「何でも言うことききなさい」と同義であろう。そして、「”ともだち”は永遠に生きる方法を手にしたの。」と告げた。これからあの世に行く人以外を相手に、まさか「誰でもいい」とは言えない。



(この稿おわり)





ヘビイチゴの群生 (2013年5月4日撮影)

































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