おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

一旦さらば万丈目 (20世紀少年 第671回)

 カンナが食事を食べ損ねていたころ、武器所有の廉で連行されたオッチョとユキジの二人は、意外なことに拘束を受けることなく、応接室のような小さな部屋に二人で立っている。第20集の130ページ、ユキジはこのままではカンナも含め、三人とも殺されると危機感を高めている。これを聞いたオッチョは、「一か八か、やるか」と決意のほどを見せ、ユキジも力強く首肯している。

 ここは死語ブログでもあり、「一か八か」も登録に値しよう。最近は全く聞かない。もとはカルタ賭博の用語だったと広辞苑にある。オッチョは一か八かの丁半賭博で何をしようとしているのか。逃亡ではあるまい。カンナを見殺しにしてしまうことになる。二人は素手だがこの両名に限って言えば、接近戦では下手に武装しているよりも怖いかもしれない。しかも「俺達の最後の希望」兼「私の娘」の救出作戦である。


 だが、そのお手並みを拝見する機会は突然去った。いろいろと無礼があったのはお許し願うと慇懃無礼の挨拶とともに入室してきた黒いブーツの人物は、「初めまして。私、高須と申します。」と自己紹介した。初対面。高須はドリーム・ナビゲーター時代は行動が派手だったが、権力を持つようになってからは、あまり表舞台には顔を出していないらしい。この党ではそのほうが保身に有利なのだろう。

 高須は万丈目に会わせるといって二人を廊下に連れ出した。そして歩きがてら、親友隊によるカンナを巻き込んだクーデターは事前に情報が漏れていたと伝え、何とかこの事態を無血で解決しなければならないと殊勝なことを述べている。二人がここで待っていろと案内された部屋では椅子に腰かけたまま、こめかみから流血してたぶん死んでいる万丈目の姿。何が無血で解決だ。

 
 万丈目の喉のあたりに、ヴァーチャル・アトラクションのヘッド・ギアに違いないと思われるものが引っかかっている。この緊急事態に彼はまたボーナス・ステージに逃避していたのだろうか。「殺しても死なないような人間だったけど死ぬのね」と高須が犯行声明を出しているが、この第20集あたりで、そろそろ”ともだち”も万丈目も年貢の納め時を迎えていたのだろう。一人、高須のみ意気軒昂。理由は間もなくわかる。母は強しといったところか。

 おまえがやったのかと問うオッチョに、高須は二人から取り上げて撃ったばかりの銃を返し、「殺したのはあなたがたよ」とその陰謀を明らかにしている。そうすれば彼女が万丈目から引き継ぐ(というより取り上げた)親友隊のクーデター計画も揉み消すことができると言った。オッチョは万丈目にとって代わる気かと詰め寄っているが、かつての万丈目がそうであったように「とんでもない」と心にもないことを言い、しかし「私は”せいぼ”になるのよ」と妙なことも口にした。これについては後に考えます。

 
 マイケル・ムーア監督の映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」には、銃の乱射事件を起こした二人の高校生が、犯行直前までボウリングをしていたとう、やりきれないエピソードが出てくる。どういう精神構造をしているのか。ボウリングの夢に生涯を捧げる神様が聞いたら激怒するであろう。ところでこの映画には、ビートルズの「Happiness is a Warm Gun」が挿入歌として出てくる。バッキング・コーラスを消すという妙な編曲がしてあった。

 幸福とは暖かい銃。このころのジョン・レノンの歌詞は意味不明なものが多い。一説によれば暖かいというのは、撃ったばかりという意味ではないかというが、置き換えてみても依然として意味が分からない。ただし、「もう誰も俺を傷つけはしない」とも歌っているので、弾を撃ち尽くした銃なのだろうか。


 オッチョは高須に銃を向けるが、相手は弾を抜いてあると平然としている。今度はユキジが怒る番であった。高須の襟元をつかんて、もうあんたたちの思い通りにはさせないと痛罵したのだが、高須は「あなたもケンヂと結ばれていれば、悪の女帝になれたのにね」と言い放った。これはユキジに対する最大限の侮辱であろう。彼女ほどの高段者であれば、素人相手に柔道技をかけてはいけないという自制心が当然あるはずだが、それが吹っ飛ぶほどの怒りが炸裂した。

 しかし驚いたことに、高須の前さばきは恐ろしく達者で、ユキジに襟を取らせない。少女のころ受けたヤン坊マー坊のずるい攻撃を除けば、この物語でユキジと対戦して引き分けたのは高須だけだろう。一体どこで訓練したのであろうか。いま柔道連盟が暴行暴言や金の問題で揺れている。残念ながら格闘技に優れた全ての者が、健全なる精神の持ち主ではないようだ。


 ユキジを振り切った高須は、もうすぐ地球防衛軍がやって来るが今なら逃げられるので、脱出方法を教えると落ち着き払っている。逃がす理由は昔ながらの「悪がいないと正義の味方が困る」というもので、ユキジやオッチョにはまだまだ地球侵略のインベーダーをやってもらいたいからだそうだよ。その脱出口とは、どうやら非常階段のようだ。

 ユキジはカンナを助けようというが、オッチョは態勢を立て直して出直すと駆け下りていく。二人が行き着いたのは工場のような場所で、オッチョは武器になるものを探そうとしているが、ユキジは「ゴウン、ゴウン」と音を立てている巨大な何かを見つけて、「なんなの、これは」と叫んだ。そのころカンナは二人の心配をよそに、とんでもない行動に出ていたのであった。


(この稿おわり)




市ヶ谷にて (2013年3月20日春分の日に撮影)
































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