おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

防御服 (20世紀少年 第662回)

 第20集の70ページ。工場を爆破されて、床に倒れこんで咳き込むキリコをケロヨンが救いに来た。彼はバケツで水を浴びただけだから、ソバ屋の服装のままである。キリコも実験用の白衣で二人とも薄着だ。キリコはワクチンを守ってと頼み、ケロヨンは一緒に逃げるんだと叫ぶ。

 そこに燃え盛る天井が落ちてきたのだが、不幸中の幸いは一番頑丈そうなケロヨンの背中だけが被害に遭うだけで済んだことだろう。上半身を包帯でグルグル巻きにされた入院中のケロヨンを、キリコと息子の修一君が見舞っているとき、その病室に毒ガス用のマスクをつけた男が二人やってきた。


 うち一人が「”せいぼ”に”こうりん”していただきます。あなたがいなければ2015年、人類は滅びます」と言った。そんな予言があったかな。西暦が終わるだけではなかったか? また、”せいぼ”は降臨の際、天国か地獄のどちらかを携えてくるはずだが、その一件はどうなったのだろう。取りあえずは地獄に近かったか...。

 男の手が差し伸べられ、「さあ、我々にワクチンを」と言われて3人の表情が嫌悪にゆがむ。そして舞台は再び、ともだち暦3年の東村山、蛙帝国に戻る。急ごしらえの実験室にも蛙帝国の旗が翻っている。蕎麦屋の暖簾を思い出させるのだろうか、ケロヨン親子は旗が好きです。


 ミシガンでキリコのウィルスが没収されたのは2015年だから、すでにフクベエは元日の夜の理科室で山根に撃たれて死んでいるはず。したがって、ここまで追いかけてきたのは新しいほうの”ともだち”の指令によるものであると考えねばなるまい。逃げた女房に未練があって追ってきたのではない。

 しかも、彼の以前の発言ぶりからして、西暦が終わる際には(おそらく本物の世界大統領になるために)、人類には殆ど生き残ってほしくなかったようだから、手に入れたかったのはワクチンというよりも、”せいぼ”の”こうりん”という「しんよげんの書」の形式的な実現が何より大切ということになる。

 
 この男は「よげんの書」の企画や実現の過程でまったく出番がなかったようであり、だからこそ「しんよげんの書」には異様なこだわりがあるかのように思える。その件は先々でじっくり読むことにして、マルオを実験棟に招じ入れたケロヨンは、防御服を着ながら、マルオにこれを着て入らないと「死ぬってよ」と説明している。キリコの警告なのだ。

 しかしキリコの姿は室内に見当たらず、マルオを連れてきたと声をかけても返事が来ない。ケロヨンが驚いたことに、キリコは厚いガラスのようなもので仕切られた密室らしき部屋で、ひとりパイプ椅子に座っている。「ひさしぶりね、マルオ君」とキリコは挨拶した。最後に会ったのはいつか。まだ酒屋と文房具屋だったか。しかしケロヨンがさらに驚いたことに、キリコはいきなり防御服を脱ぎ始めたのであった。


 最後は余談で終わります。第18集でワイヤーの力を借りて天井からぶら下がった”ともだち”は、下で見ている万丈目に「彼らは何でもいいから、信じたいものがほしいんだよ」と語ったらしい。こうやって先ず信仰させ、次に死にたくなかったら自分を信じろと脅し、実際に信者に”絶交”をさせて洗脳した。これがオリジナルの発想ならともかく、「彼らは何でもいいから、信じたいものがほしいんだよ」はモノマネである可能性がある。

 ユリウス・カエサルガリア地方を征伐した際、ローマ軍は「自軍が弱っている」という嘘の情報をガリア軍に流して油断させ勝利を得た。カエサルはこのときの感想をガリア戦記岩波文庫版)でこう書き残している。「およそ人は自分の望みを勝手に信じてしまう」。願望は確信に変わりやすいのだ。



(この稿おわり)



拙宅のローズマリーナデシコも咲きました。
春になると花の写真ばかりになります。
(2013年3月19日撮影)














































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