おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

火星移住計画課 (20世紀少年 第652回)

 さて、市原弁護士の話の続きである。彼女は入国管理局に赴いた。目的はキリコの所在地を突き止めるためで、おそらくユキジの要請によるものだろう。まずは離散家族連絡課の窓口で探してもらうことになった。カウンターの担当者がアクビをしている。それを見て調べる気はあるのかと怒りながら、市原さんは古風な扇子をあおぎながら涼を取っている。節電中らしい。

 閑散とした離散家族連絡課の窓口を尻目に、隣の火星移住計画課は黒山の人だかりである。”ともだち”は万丈目に火星移住計画を急がなくてはと言っていたが、どうやら本当に計画を発表し、移住希望者の受付を始めたらしい。ウィルスで死ぬくらいなら、火星に行くほうがまだましというところまで心理的に追いつめられている人が大勢いるのだ。片道切符の旅費は幾らだろうね。


 2年ほど前に、日本の宇宙当局の嘱託か何かで働いてみえる医師の講演を聴いたことがある。その道では大変、有名なお方であるが、彼いわく日本は10年後に月まで宇宙飛行士を運ぶ計画であるらしい。そして、アメリカは同じころ火星に有人ロケットを飛ばすつもりであるそうだ。最近の調査では火星に水はありそうだが、今のところ火星人は見つかっていない。何しに行くのだろう。

 神様は「MARS」の帽子をかぶって民間人初の宇宙滞在者になり、地球はボウリングのボールのようだったという名言を残した。他方で、現実の世ではアメリカの民間人でデニス・チトー氏という御仁がすでに2001年、2000万ドルも払って世界初の宇宙旅行者になっている。国際宇宙ステーションに滞在したそうだ。

 ナショナル・ジオグラフィック誌によると、このチトーさんは次に火星まで行きたいらしくて、2018年1月の発射を目指して準備中である由。このタイミングで地球は火星に接近するらしい。しかし往路だけで片道501日の旅だそうだ。帰りは大丈夫か。間もなくヨシツネが心配気に語るが、「家に帰るまでが遠足」なのだ。


 担当官に名前を呼ばれた市原弁護士は、こんなに待たせたんだから無いとは言わせないわよと喧嘩腰で窓口に歩み寄っているのだが、実はあっさり見つかったのであった。しかも写真つき。現住所もしっかり記載されているようだ。この野放図な情報提供には、さすがの弁護士も口をあんぐりさせて驚いている。

 ヨシツネは「罠か?」と警戒している。そう訊かれたオッチョも、厳しい表情を変えない。とにかく、キリコの所在地は突き止められたのだ。いくら自分の娘と言ってはみても、ユキジは事態が切迫しつつある今、一刻も早く赤ん坊のとき以来、母に会っていないカンナに、キリコとの再会を果たさせてやりたいに違いない。


 市原弁護士は「あんたのお母さんは、東村山のある共同体にいる」とカンナに伝えている。離散家族連絡課が弁護士に手交した書類の写しによれば、キリコの本名は「遠藤貴理子」であることがわかる。生年月日は昭和の年号が読み辛いが、昭和32年ならケンヂの2歳上。昭和三十年代であることは見て取れるので、歳の差は2歳から4歳まで。誕生日は10月20日。お父ちゃんは遠藤健造さんか。

 その下の履歴も一部しか見えないが、どうやらキリコは”ともだち暦元年に日本に入国したらしい。「東京都千代田区」は最初の住所だろうか。あるいは勤め先か。次の行に「ともだち暦2年離任」と書いてあるようなので千代田区では仕事をしていたらしい。ウィルス製造の強制労働か? そして、離任後に「東村山市」に移っている。流刑地でしょうか。


 しかし、カンナはユキジの意を汲まず、時間がないから会わないと言った。ユキジはあわてず、「もうそろそろ着くころじゃないかしら」と返している。そして「マルオが、そこに向かっているわ」と言った。どうやら、現地調査と多分お出迎えのため、マルオが派遣されたらしい。待っているのは罠か、吉報か。

 東京を包囲する壁は概ね環七沿いに建てられているそうなので、ごく大雑把にいえば内側が今の東京特別区(23区)で、外側が多摩地区である。ユキジの道場は第20集冒頭の家並みの外観からして、昔の昭和を再現した壁の中であろうし、東村山は壁の外だろう。検問を堂々と出入りできるのは、春さんのマネージャーぐらいしかいない。人選は適切だが展開は想定を超えた。



(この稿おわり)





東京都千代田区にて。おめでとう、「小学1年生」。 
(2013年3月7日撮影、小学館本社前)




       「でも、あいつは、しくじった」   − キャンディーズ 「わな」






















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