おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

七人 (20世紀少年 第625回)

 城のゲートが開いて反対側に出た200人は口々に、わあ、街だと声を挙げてから涙を浮かべ、これで故郷に帰れると言いながら走り出した。大災害の被災者などを除くと現代の多くの日本人は移動の自由を奪われた経験はないはずで、それだけでも幸せである。

 スペードの市はアディオス号の運転席に座っているバーテンさんに頼みごとがあると言った。一番近い病院に大至急、妹を搬送してくれというのだ。妹さんに付き添っているのは市の女であろうか。彼女は一緒に行かないのかいと驚いているが、市は片付けないといけない野暮用があるのだと言った。一旦、重病の妹と別れなければならないとは、よほど重要な野暮用に違いない。


 関所の出口あたりで、氏木氏は自分の作った偽造手形で全員、通行できたことにびっくりしている。ケンヂの反応は「関東軍だって、ニセモノだからさ」と正しいような屁理屈のような...。二人が見上げる関東軍の城の裏側は、安っぽいハリボテなのであった。外側だけが威嚇装置だったのだ。

 再び壁の外に戻ろうとするケンヂに氏木氏が理由を尋ねたところ、「ちょっと用があるんだ」と市と似たようなことを言った。氏木氏はケンヂが捕まった相棒すなわち将平君を救いに行くことをわきまえている。


 おまえはもう行っていいとケンヂに言われた氏木氏は、しかし反対側の方向に進みながら、歌も世界を変えられるなら漫画も世界を変えられるかもしれないという見解を示して、これにはさすがのケンヂも、はあ?と将平君的である。

 しかし氏木氏が通り抜けようとした道は関係者以外立ち入り禁止の通用口であったため、警備員に銃を向けられてしまう。氏木氏は警備員たちに漫画を見せようとしている。ケンヂを無事、通過させるためであろうか。氏木氏に面白いでしょと訊かれた警備員は、「ああ、まあな」とか「続きはどうなるんだ」とか答えているから、この状況下ではまずまずの評価だ。


 一方で、ケンヂはスペードの市に声をかけられている。市もケンヂの行動目的を知っていて、自分が売ったのだから手を貸すと申し出てたのだ。ほかにも事情のありそうなのが4人、助力を申し出た。漫画家と合わせて7人だ。戦うにはいい人数だと市は言う。

 だが、ケンヂはあんまり良くねえと否定した。「何人も生き残らねえんだよ、七人てえのは」と彼は言う。その根拠はこの第7話のタイトル、「荒野の七人の侍」に拠る。「七人の侍」も、そのハリウッド版リメイクの「荒野の七人」も確かに全員生き延びるというわけにはいかなかった。ついでに言うと、ワイルド・セブンも複数の死者を出している。


 「七人の侍」の内容については、ここで詳しく語るまでもあるまい。例によって個人的な思い出話をすれば、1997年のカンボジア駐在時にもらった1か月近くの一時帰国休暇でのことだ。最初の1週間はあいさつ回りや健康診断で、最後の1週間はカンボジアでクーデターが起きて切り上げになってしまったが、それでも実家で2週間ほどくつろげた。

 当時のカンボジアには映画館もレンタル・ビデオ屋もテレビの衛星放送もなく、私は映画に飢えていた。ちょうど上演中だった「タイタニック」などを映画館で観たし、ビデオで「イングリッシュ・ペイシェント」や「恋に落ちたシェークスピア」など少し前の話題作も観た。全部新作だ。一日二三本のペースで映画三昧だった。

 
 幸か不幸か、最後に「七人の侍」を観てしまい、その迫力にそれまで観た映画の印象がすっかりどこかに飛んでしまった。しかもこの映画は初めて観たのではなく3回目だったのに。登場人物としては宮口精二が演じた剣客、役者としては澄んだ瞳の若き日の三船敏郎が忘れがたい。

 なにぶん古い作品なので録音やフィルムの状態が今一つ。最初に観たとき聞き取りづらいセリフがいくつかあったが、二度目はアメリカで観たため、日本語字幕があって助かったという妙な経験がある。ちなみに初めて能をみたときは外国人客向けに英語字幕があったので、そればかり読んでいたのを思い出す。


 ところで、血の大みそかに立ち上がったのも七人ではなかったか。「何人も生き残らねえんだよ」に該当しないのではなかろうか。長い目で見ても、この時点で戦死したのはモンちゃんだけである(もっとも、ケンヂは皆の消息を知らないかもしれないが)。フクベエはインチキだったから除外するのだろうか。

 20世紀最後の日に”ともだち”から要求されたのは「よげんの書」にあるとおり、9人の戦士の招集だった。しかし、ケロヨンが断りコンチからは音信がなく二人足りなくなって、やむなく声をかけたヤン坊マー坊には裏切られた。双子ものちに参戦したから9人か? それではカンナやサダキヨの立場は?


 まあいいや。ケンヂが「よげんの書」に9人の戦士と書いたのは、俺たちの旗を秘密基地に立てたときのメンバーが9人だったからだという蓋然性が高い。秘密基地設立メンバーのケンヂとオッチョ、マルオとヨシツネ。俺たちと一緒に戦おうと誘われて加盟したユキジ。そして、夜の理科室の顔ぶれ、ドンキーとモンちゃん、ケロヨンとコンチ。

 他方、そもそも作者が戦士を9人としたのはなぜかというのは別の問題である。ネット情報によると浦沢さんは「サイボーグ009」の大ファンだというから、それに合わせて9人にしたのかもしれない。そうだとしても、私にはどうしても耳から離れない童謡があるのです。「とんとん ともだち みんなで九人」。考えすぎであろうか。



(この稿おわり)




うつむいて咲くクリスマス・ローズ (2013年2月10日撮影)





















































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