おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

素敵なおまわりさん (20世紀少年 第609回)

 神様がコイズミを発掘して夢と希望を取り戻したころ、北の方ではバイクを降りて転がしながら歩くケンヂと、自転車を転がす将平君が、少しさびれた繁華街のようなところにたどり着いている。どうやら立ち並ぶ看板を見る限り、ここは商店街ではなく歓楽街のようだ。

 例を挙げるとナイスパブ、愛部屋花火、ひまわり、再会、全部は見えないがおそらくパンドラランド、クラブ天使、マリオネットのサービス120%。気になるのは右端にある「ともだちの輪」という店だが、どのような接客が行われているのであろうか。


 二人は「オアシス」のお姉さんたちや、「通行手形 写真すぐできます」のおじさんたちに手招きされているが、そのまま歩き続けている。急ににぎやかな町に出ましたねと、将平君は心なしか嬉しそうだ。そのとき彼はいきなり、一人の客引き女に抱きつかれて、「よってらっしゃいよ、素敵なおまわりさーん」と招待されて慌てている。

 この場面を見るたび、私はブリトニーさんの最期を思い出して切ない気分になるのだが、将平君はどうだろうな。ちなみに私は母方の祖父がお巡りさんだったため、4か国でスピード違反や駐車違反等により制服警官にとっつかまり、罰金をさんざん払わされているにもかかわらず、お巡りさんという職業に愛着を抱いている。


 今日の残りは大脱線。水商売が嫌いなかたはご遠慮ください。拙宅の近くは歩いて行ける駅が多くて便利なのですが、自宅に一番近い駅の一番近い出口は、階段を下りると左に交番と消防署がある治安のよい地帯であり、右側はパチンコ屋やテレクラが居並ぶ場末の繁華街。幸い自宅は右側にあるので、そのネオンの中を帰宅する。

 毎日ではないが、この街並みの入り口あたりにときどき客引きの女たちが立っている。たいてい二人組で、ときに二組計四人が営業中のこともある。彼女らはアジア系らしき訛りの強い日本語で必ずこう声をかけてくる。「おにいさん、マッサージ、いかがですか?」。


 私はおにいさんと呼ばれるような年齢でも外見でもないし、彼女たちと兄弟姉妹の関係にあるわけでもないので、これは本邦の伝統的な掛け声でいえば「社長」と同類のものだろう。私が初めて「社長」と声をかけられたのは大学生で22歳のとき、場所は夜のススキノ。

 それに続いてポン引きは「寄っていきなよ、スケベそうな顔して」と言った。反論の余地がなかったので黙って立ち去った。もしかして彼は人を見る目があり、社長の声掛けはおべっかではなくて、小生のうちにビル・ゲイツスティーブ・ジョブズのようなエンタープレナーの精神と才能があるのを見抜いたのかもしれないが、そうとしてもどこかで浪費した。


 近所の彼女たちは彼のように、初対面の相手を助兵衛扱いするような失礼なことは言わない。ただし、一度だけ目を合わせてしまったことがあり、このときは追いすがられ腕を組んできたので閉口し、以後、目をそらすよう心掛けている。基本的に家族以外の女性と腕を組むのは大嫌いではないが、なんせ駅前だから近所の目というものがあります。

 但し、彼女たちが提供せんとしているマッサージのサービス内容には興味がある。もっとも数十メートル先の交番前に立つお巡りさんたちから丸見えの位置なのだから、純粋な違法行為ではなかろう。仮に踏み込まれてもマッサージをやっているとしか見えないようにできているに違いない。


 だが、ここに越してきて5年間、彼女たちは夜しか現れない。マッサージといえばご老人や女性が好きというのが私の印象なのだが、通りがかりに見ている限り、彼女たちの営業相手は青年や中年男ばかりである。これらの妙な偏りは何を意味するのだろうか。

 ここで私自身、おそらく百を超える回数の「おにいさん」になった。もうこっちの顔も覚えて、こいつはダメだと分かっているはずなのだが、同じ営利の働き手として見習うべき脅威の粘り腰である。それに、驚くべきことに彼女たちが声をかけてくるのは、飲み会の帰りだけ。素面では過去一度もないと断言してよい。

 もう夜なのに暗がりに目が慣れた彼女たちには、酔っ払い特有の表情や歩き方などが識別できるのであろうか。男は酒で勢いが付くと普段やらないことまで、ついやってしまうことも詳しくご存じであるらしい。プロとはこういうものだ。5年も続いているのだから、相応の集客効果と収益があるのだろう。大したものだ。


 書いていて思い出した。サイモンとガーファンクルの「ボクサー」という曲に、セヴンス・アヴェニューで街娼を買っいたという歌詞が出てくる。若いころニール・サイモンの演劇を観た帰りに、その七番街でいきなり金髪の小柄の女性に腕を組まれた。

 彼女は分かりやすい英語でゆっくりと、「私はあなたを楽しませる方法を知っています」と言った。私は「今、私は忙しいのです」と虚偽の申告をして商談は不成立になった。あのときは近所の目をはばかる必要はなかったのだが、さすがにマンハッタンのど真ん中で、得体の知れない女性と親睦を深める度胸はない。


 さて、素敵なお巡りさんは、女の誘いに乗ることなく、「何なんですか、この街?」と質問している。彼女いわく、ここは関所。あそこからこっちは東北、向こうは東京。当地は勿来か白河か。しかし、ここは単なる通関施設ではなかったのだ。






冬の散歩道 (2013年1月15日撮影)




 Hang on to your hopes, my friend.
 That's an easy thing to say.
 But if your hopes should pass away,
 simply pretend that you can build them again.

           ”Hazy Shade of Winter”



 友よ、希望を捨てることなかれ
 かく言うは易し
 されど希望を失うときの来たれども
 ただひたすらに振る舞えば良し
 われ、希望は自ら取り戻さんと


             サイモンとガーファンクル 「冬の散歩道」
















































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