おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

あっと驚くタメゴローだよな、オッチョ (20世紀少年 第503回)

 第16集の92ページは、笑顔の関口先生が教壇で、「えー、今日から二学期です。」と挨拶をするシーンから始まる。今では大学と同様、二学期制(前後期制)の小中学校も少なくないようだが、私らのころは2学期といえば残暑から初冬にかけての一番長い学期であり、運動会や遠足が待っているのであった。

 関口先生は「新年早々、みんなに伝えることがあります」と仰った。教壇に積まれた書類のようなものは、提出されたばかりの夏休みの日記帳の山だろうか。フクベエは「僕の日記を読め」と繰り返し、教師に対して横暴な口調で念力を送り続けている。だが、彼は娘と違って、テレパスではなかった。

 
 先生からのお知らせは、フクベエにとって驚愕すべき内容であった。「今学期から佐田清志君が、ほかの学校に転校になりました。」というのである。フクベエは慌てて右後方のサダキヨの机を見た。空席である。つまり、このときまで夏休みを共に過ごし、ずいぶんと世話になったはずのサダキヨの存在(というか不存在か)など眼中になかったのである。

 サダキヨは、先生によると転校にあたり、「短い間でしたが、クラスのみんなと仲良くできたこと、喜んでいました」と言ったそうだ。穏便なお別れの口上だが、本当に仲良くできて、本当に喜んでいたのだろうか。少なくとも2回は、ひどいイジメに遭っている。関口先生に「大丈夫か?」と言われた時と、素顔で歩いて小遣いを奪われた夏休み。


 サダキヨのクラスは一学期に遠足もあったようだが、彼は大勢が写っているような写真にも出てこない。いつも一人ぼっちであったようだ。サダキヨの引越は、これらのイジメに親さえ耐え切れなかったためかどうかは分からない。普通、子供が転校する場合は、転勤族の父ちゃんの異動に伴うものが多かったと思うが、サダキヨの場合は都内での引越である。

 その引越の話をフクベエに伝えなかったというのは、散々こきつかわれ、万博で裏切られたことへの意趣返しか? それとも、のっぺらぼうを見てしまって、別れの挨拶をする気も失せたか? いずれにせよ、これを機に縁を切っておけばよかったのに、連絡を取り続けたのは佐田清志、一生の不覚であった。


 フクベエは誰も自分のところに万博の話を聴きに来ないので不満である。モンちゃんらによれば、われらの世代が子供のころに最大の出来事であったという大阪万博に行かなかった子は、行きたかったのに行けなかった悲しみの子か、そもそも興味もなかったかどちらかだろう。いずれにしろ、フクベエに架空の土産話などされてはかなわんもんね。

 このころのクラスの様子について、第12集にユキジによる回想が出てきました。万博組のグッチィらは、自分たちがスターになるはずだったのに、幽霊を見たというケンヂとオッチョが一躍、時の人となってクラスメートの耳目を集めたため、ジェラシーの塊になった。


 「そしてあの時、なんだかクラスの男子の様子が変わった」とユキジは語っている。グッチィの変化は気付いているのだから、「なんだか変わった」のは別の男子である。「サダキヨ、あんな奴」と心中で繰り返し、居もしない相手に「絶交だ」と無言のメッセージを送っている者が含まれているのだろうか。

 そんなことは全く意に介せず、教室の後ろ側で、腕組んでは偉そうにしているケンヂとオッチョであった。首吊り坂に向かったときは対等だったはずなのに、今や注目度は天と地の差である。その恨みの矛先は、どうやら生涯、なぜかケンヂ一人に向かったらしい。秘密基地に招かれなかったときも、夏休みの話題を奪われたときも、オッチョがともにいたのだが...。


 そのオッチョに、「あっと驚くタメゴローだよな」とケンヂが言っているのは、ハナ肇の決め台詞の一つである。私の年代は初期の「全員集合」から本格的にテレビのバラエティー番組を楽しむようになった世代であり、私の場合、クレージーキャッツは「シャボン玉ホリデー」を時々見た記憶くらいしかない。むしろ、各メンバーの俳優や歌手としての活躍の記憶の方が強い。

 それにも拘わらず、われわれの周囲にはクレージーのギャグがあふれていた。タメゴローしかり、ハイそれまでヨしかり。「ぐーたらら、すーだらら」バージョンは、どう考えても「スーダラ節」のパロディーであろう。「分かっちゃいるけどやめられない」とか「てなこと言われてその気になって」とか、出所も知らず私たちは唄っていたものだ。


 「ドント節」の歌詞を見たとき、さすが日本一の無責任男、植木等もこれを歌っていいものかどうかずいぶん悩んだらしいと、彼が先年、亡くなったときに当時の関係者が語っていたのを覚えている。それでも結局、彼は歌った。

 はたして、日本中のサラリーマンから抗議の手紙が殺到したらしい。植木はそれらを全て読み、全ての相手に手書きで返事を出した。今ならクレーマーも匿名だから、ツイッターかブログで、「みんな、ごめんねー」で終わりだから楽だな。この場面を締めくくるフクベエの表情が、とてつもなく暗い。彼はついに、夏休みは取り返せなかったのであった。




(この稿おわり)



ウサギとカメの置物 (2012年8月8日撮影)









































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