おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

そのかわり... (20世紀少年 第479回)

 第16集の9ページ。ケンヂとマルオは服部家へのご招待を受けた。釣り餌はフクベエの「ぼくら」と「冒険王」で、あっさり釣れた。二人にとって、垂涎の的だったらしい。

 私はどちらも名前は知っているが、一度も読んだことはないと思う。当時マンガは親戚近所の子供たちと回し読みしていたのだが、その範囲に存在しなかった。フクベエの両親は相応に豊かで、子供に余ほど甘かったのだろう。


 彼が全巻そろえているという「サイボーク007」は親戚の家に何冊か単行本があり、「巨人の星」は何故か知らないが自宅に最初の三巻だけがあった。それらを何十回、読んだことだろうか。

 星一徹の自宅の様子を窺いに行く川上哲治。自転車に二人乗りして語り合う王貞治と飛雄馬少年。3巻目の終わりで、青雲高校は甲子園出場を賭けた試合に勝った。「勝って兜の緒を締めよ」と監督は言った。


 いかん。巨人の星を語り始めると止まらなくなるので先に進む。フクベエが単行本で持っているという「魔人ガロン」、「エムエム三太」、「サブマリン707」は名前すら知らない。一応、ウェブでも調べてみたが、全く記憶にない。「サブマリン707」の作者が描いたという「青の6号」という名には覚えがあるが。

 漫画の単行本についているカバーは、どうやらちゃんとした書店のものらしい。買ったときに、わざわざ頼んだのだろうか。潔癖性もここまでくると本人をさいなむだけだろう。招かれざる客のオッチョとヨシツネもついてきた。オッチョは主の勉強机に横っ座りという行儀の悪さ。机上にはオバケのQ太郎サンダーバード2号、ガメラ鉄人28号も見える。


 漫画を見せてやるから、「そのかわり...」と心の中で交換条件を思い浮かべながら、フクベエはカルピスを運ぶ。かつて、サダキヨ館長がコイズミを接待したときと大道具、小道具ともにそっくりそのままで、人数が多いだけだ。クレヨンしんちゃんは、よその家で自分が歓迎されている度合いを測るにあたり、カルピスが薄いか濃いかという鋭い判断基準をもっていたが、ここでは相当、濃いカルピスが用意されたに違いない。

 フクベエが「夕焼け番長」の単行本でも読もうかなと口にしたとき、ケンヂが「なあ、オッチョ」と言った。少年マガジンを手にしている。オッチョとケンヂの会話に、”よげんの書”と「ロボット」という言葉が出てくる。漫画に描かれている何かを”よげんの書”の材料に使えないかという相談らしい。


 1969年当時の週刊少年マガジンに連載中のマンガというと、巨人の星あしたのジョー天才バカボンゲゲゲの鬼太郎など、綺羅、星のごとき作品群であるが、私の記憶する限り、これらにロボットも生物化学兵器も出てこない。何にせよ、ここでのケンヂの提案はオッチョに却下されている。

 人類にとって不幸なことに、フクベエは”よげんの書”という言葉を小耳にはさみ、それに興味を持った。「何の話?」と訊いたのだが、この時期、秘密基地は開業早々であり、”よげんの書”の存在も含めて、この4人だけの機密事項だったはずだ。植木等青島幸男によれば、人生で大事なことはタイミングにC調に無責任らしいが、フクベエにとってはタイミングが悪すぎた。


 単行本を持つフクベエの手がわずかに震えている。彼によれば、マンガを見せてやるから、「そのかわり、仲間に入れてくれる」って言ったのであり、約束したのである。そういうシーンはないが、本人にとっては切実な真実になってしまっている。彼のように、すぐに人と打ち解けられない少年は、漫画でもカルピスでも何でもいいから、物に頼ってきっかけを作るほかない。

 「ねえ、カルピス飲んだら...」とフクベエは言った。その続きは分からない。「”よげんの書”の話をきかせて」という大事な用件だったのかもしれない。他の読者がどう思われるか分からないが、私は彼が精いっぱいの努力をしていると思う。実際には、いい歳してからしか言えなかったのだが、遊びましょうと伝えたかったのだ。


 だが、何の悪気はないにしても、ケンヂは友達になりたがった「複数の”ともだち”」の少なくとも二人に対して、当人たちの期待に応えたとは言い難い反応を示してしまっている。彼には彼の事情があったのだから仕方がないが、このときは、何か重大なひらめきがあったとみえる。「よし、行こう」とケンヂはオッチョを見上げて言った。「行くか」とオッチョは応じた。

 ヨシツネの反応はやや鈍く、ケンヂに「どこ行くの」と訊いた。マルオが「秘密基地だろ」と言って、重要な手がかりを与えてしまっている。「漫画、サンキューなあ」というマルオの背中越しの一言だけを残して、基地の仲間は去ってしまった。それでも「あいさつもなしかよ」とフクベエが怒っているのは、ケンヂ一人に対しての感情なのだろう。ともあれ、「秘密基地」が気にならないようでは貧乏な国の子供ではない。



(この項おわり)




ご近所の園芸 (2012年9月11日撮影)








































































































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