おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

神も仏も (20世紀少年 第456回)

 仏教では僧侶になることを、仏門に入るとか出家するなどというが、カトリックでは司祭になることを何というのだろうか。それ相応の教育を受ける必要があるはずだが、仁谷神父の場合、日本では行動の自由がない以上、おそらく先ずはこの神父(法王は最後まで名前が出てこない)に指導を受けたのだろう。

 仁谷神父は後日、ルチアーノ神父のイタリア語の通訳をしているし、ラテン語の悪魔の予言書も読めるようだから、最終的にはヴァチカンで修行したのではないか。そのあと如何にして日本に無事入国できたのか不明であるが、おそらく教会のお力添えによるものであろう。法王の飲み友達だし。


 神父生還の絵に、「その男には神も仏も、いたようだ...」という仁谷神父の台詞が重なるのは、彼が、この2001年のエピソードをカンナに語っているという形を取っているからだ。「その男はのちにローマ法王になった...」という神父の締めくくりの言葉を聴きながらカンナが眺めている写真は、法王と神父の顔にまだほとんど皺が見られないので、「出家」したばかりのころの一枚か。

 第9巻でカンナは、法王計画の証拠はないかと尋ねる仁谷神父に対して、「やっぱり”苦しいときの神頼み”なんて、あてにならないわ」と怒っているのだが、カトリックの神父にとっての神は、苦しい時だけ頼んでも何とかしてくれそうな本邦の神々とは違うことを忘れてはならない。しかし、ここで「神も仏も、いたようだ」と語る神父の言葉に出てくる神は、やはり八百万の神のことだろう。しかも、仏様つき。これは心強い。


 無論、仁谷神父は過去のカンナの乱暴な発言に対する当てこすりや揚げ足取りをしているのではない。彼はヴァチカンに異端扱いされても仕方のないような、独特の宗教思想を持っているのだ。「私の信仰は神に対してのものなのか、彼に対してのものなのか、でもまあ、そんなことはどうでもいいことだ。」と神父は語る。

 「どうでもいい」とは凄いが、カンナは軽くうなずいて、国会でのスピーチを終えて拍手を受けている法王の姿をテレビで観ながら「守らなきゃ」と言った。また、この人が神様に一番近い人だからとか、そういうのじゃなく、「あたし、この人、守りたい」とカンナは言う。


 とても乱暴な言い方になるが、法王も大統領も社長も組長も、暗殺されたとて誰かが後任になるだけだ。しかし、今やカンナにとってこの法王は、もはや殺人の被害者になるのを防ぐ相手ではなく、一個人として守りたい人になった。カンナは二度と再び味わいたくないのだ。大勢の命を救った人が殺される悲しみを。「20世紀少年」の後半は、単なる超能力少女の活躍を描く冒険譚ではなく、カンナの成長の物語である。

 ところで、第6話の「2001年の別れ」というタイトルは、誰と誰との別れを意味しているのだろうか。初めてこの漫画を読むときは、きっと神父と仁谷の永久の別れなのだろうなと、途中までは想像しながら読むのだろうけれど...。仁谷神父と、過去の彼との別れと読むのがよいだろうか。それとも二人の聖職者は、2001年以来、会っていないのかな。


 次の第7話「この素晴らしき世界」は、いよいよその当日、ローマ法王が「世界有数の危険地帯」である新宿歌舞伎町を訪問するシーンから始まる。後部座席が一段、高くなっている不思議な外観のヴァンだが、これが法王専用車なのだろうか。警備数名は車を囲みながら歩いているので、危険地帯にしては相当ゆっくりとしたスピードで動いている。

 歌舞伎町の店の看板がたくさん描かれている。ホスト・クラブ、テレクラ、パチスロ、らーめん、ローン、台湾マッサージ、カラオケ、居酒屋、イメクラ、ピンサロ...。ほぼすべて日本語だから、顧客はみんな、わしら日本人であろう。法王が日本語を読めたなら、われわれは隣人から除外処分になるのでは。いや、サービス内容まではご存じないか。


 私の理解する限り、法王の暗殺計画が歌舞伎町で実行されるという具体的な情報はない。しかし、最初の暗殺計画情報はブリトニーさんが歌舞伎町で耳にしたものだったし、国会や万博と違って私的訪問だから、いきおいセキュリティーも手薄になるだろう。しかも、ストレンジャーの出入りの激しい街だ。

 したがって、当事者である神父たちはもちろん、カンナやヨシツネが法王の歌舞伎町訪問時を最も心配するのは当然のことだな。幸い臨時の自警団を結成した中国やタイのギャングスターたちは、拳銃の実射経験も歌舞伎町内の土地鑑も、日本の警察官よりはるかに上であろう。しかし、目前の大問題は、敵のスナイパーの凄腕と残忍さである。




(この稿おわり)





コシヒカリとくれば南魚沼(2012年8月8日、魚沼市にてバスの中より撮影)




 


今朝の朝顔、二点。












































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