おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

枢機卿 (20世紀少年 第445回)

 私が枢機卿という言葉を知ったきっかけは、小学校の図書館で借りて読んだデュマの「三銃士」に出てくるリシュリュー枢機卿である。あの堂々たる悪役振りの記憶が、どうしても「枢機卿」という言葉の印象として付いて回る。そして、第14巻の第2話「陳腐な日本人」において、さらに印象が悪くなってしまった。

 もちろん、本来、枢機卿というのはカトリック教会の偉い人たちのことであって、広辞苑によれば「枢機」とは易経を出典とし「物事の極めて重要なところ」なのであり、さらに、「枢機卿」とは「ローマ教皇の最高顧問」であって、「教皇選挙権」を持っている。教皇選挙とは、第21巻に出てくる「コンクラーベ」のことだ。


 その第21巻の場面によると、ルチアーノ神父がヴァチカンで会った枢機卿の名前はマニュエルである。第14巻の30ページ目からそのシーンが始まるが、最初に描かれているのはサン・ピエトロ広場、私もここを歩きました。日本の神社仏閣の静謐さや清潔感が私は大好きだが、壮大さという点では、これに勝るものはあるまい。

 ラファエロミケランジェロの宗教画は、教会に隣接するヴァチカン美術館に収められているが、ミケランジェロの彫刻「ピエタ」だけは、この広場の向こう側に建っている大聖堂にある。荘厳というほかない。この教会と信者にとって、すべてはこの悲しみから始まったのだ。


 ルチアーノ神父は枢機卿に対し、ペリル神父の死に事件性はないかと直裁に尋ねているのだが、枢機卿は、あれは酔って階段から落ちた事故だと警察も言っていると軽く受け流すのみ。「実はこの本が...」と神父。「初めて見る本だね。それがどうしたのかね?」と枢機卿

 神父は文中の「東方で法王は倒れ」を一例として挙げつつ、この本は「テロ予言書」のように思われると強く主張するのだが、枢機卿は「ルチアーノ神父!」と3回も繰り返して黙らせてしまい、さっさとアルゼンチンの仕事に戻れとほのめかす。「安心なさい。来年、西暦が終わるなんてありえません」と至極もっともなことを上役に言われ、さすがの神父も枢機卿を動かすのは諦めざるをえなかった。


 だが、彼の疑惑が払拭されたわけではない。神父は師が転落死したというトピーノ通りの階段を訪った。トピーノといえばアッシジの聖サンフランチェスコで名高いトスカーナ地方を流れる川の名前でもある。「さんふらんしすこ」の名は、この聖人に由来する。トスカーナは緑豊かな土地。ワインの名産地でもある。フィレンツェがある。

 トピーノ通りにあるペリル神父が転落したという石の階段は、映画「エクソシスト」で神父が転落した階段とそっくりで不吉である。白くて大きなエプロン姿のおじさんが、目撃者として同行している。ご近所の食堂か何かの店主さんだろうか。店主さんによれば、第一発見者は警察官であったという。ますます不吉である。


 それに店主さんは、当日、神父が赤ワインのボトルを持っており、それが割れたため野次馬に血と間違えられたという話もした。ギャング・ルチアーノが初めてナポリでペリル神父に会ったときに、赤ワインはアレルギーで飲めないと神父が言っていたことを弟子は思い出した。いよいよ怪しい。しかも、さすがは元犯罪者、このとき誰かが自分を尾行していることにも気が付いた。

 故ペリル神父の教会に戻ったところ、同僚の神父さんがあわてて出て来て、枢機卿の使いの者がペリル神父の研究資料をすべてヴァチカンに移すといって持ち去ったという。抗議の電話を架けようとして、ルチアーノ神父は恐ろしいことに気が付いた。枢機卿は初めて見る本だと言ったのに、話題にも出なかった「2015年に西暦が終わる」という内容を知っていた。


 そのとき神父は、教会の外の妙な気配に気が付いた。身を隠して外を見ると、人相の悪い黒メガネの男たちが何人も車から降りてきており、左の内ポケットに手を入れている連中はハジキの準備でもしているのだろうか。身なりは一応きちんとしているので、彼らはギャングというよりも警察官に見える。ペリル神父の殺人犯の仲間か。

 ルチアーノ神父は結論を出した。法王庁の内部には、テロリストの友達がいる。枢機卿もその一人であり、ペリルに続きルチアーノも危険人物だとみなしたであろう。神父は身の危険を感じて、身一つで脱出した。単なる逃避行ではない。行き先は、聖書にとってかわると自慢そうに話したというテロリストの出身地、日本である。
 



(この稿おわり)





ミケランジェロ 「ピエタ


































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