おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

おまえはここで... (20世紀少年 第427回)

 
 歳をとってくると、若い人の言葉づかいが気になることが増えます。一例を挙げると、運動選手がよく言う「がんばりたいと思います」という表現である。少し、くどい。今回、インタビューなど聴いていると、さすが北島と福原は簡潔に「がんばります」と言っていました。

 石川もがんばっているなあ。私は中学のとき卓球部だったのだが、当時と今とではルールもプレイ・スタイルも、聞くところによるとラケットもボールも、ずいぶん変わってしまって何だか別のスポーツのようだ。特にラリーが長くなった。ともあれ、ついつい観てしまう。


 いよいよ第14巻のクライマックスを迎える。あまり楽しくないクライマックス。これまでに、この物語では多くの登場人物が殺された。ドンキー、チョーさん、ドンキーを殺した男、ピエール師、ブリトニーさん、鼻ホクロの警官、モンちゃん、フクベエ、山根...。殺され方は様々だったが、動機はともかく「やり口」自体は総じて単に粗暴な犯行であった。

 しかし、これから見る「ともだちマスクの男」が、ヴァーチャル・アトラクション(VA)内のフクベエと、議員会館の万丈目に対して行った仕打ちは、殺人ではないものの陰惨で冷酷であり、非常に後味が悪い。ともだちマスクの男は、この二人に対して、特に、フクベエに対して、強い憎悪を抱いているように思える。とはいえ即断は禁物、じっくり考えます。


 第13巻によるとヨシツネとコイズミ、結果的にはカンナも加わったが、この3名は「死んだ”ともだち”」の頭の中をのぞける唯一の手段」としてVAに侵入する計画を企てて実行した。万丈目も同じ目的だったが、万丈目はともかく、なぜカンナやヨシツネは、VAが死んだ”ともだち”すなわちフクベエの内面を基に構成されていると結論付けたのだろうか。

 2014年にヨシツネがボーナス・ステージにコイズミを送り込んだとき、彼が知っていたのは、以前同じように送り出した少年が書き残した”ともだち”と遊んだとか、くびつりざか等のメッセージや、”ともだち”に「取りこまれた」あとの少年の姿だけだった。だから当時のコイズミへの要請も、VAで見たことを報告してほしいという、ただそれだけのことに過ぎない。VA内のことはよく分かっていなかったはずなのだ。


 半死半生で生還したコイズミは、少年時代のヨシツネが自分を助けようとしてくれたという報告しかできなかった。もっとも後日、ユキジやカンナとともにヨシツネの秘密基地に合流して以降、VA内で彼女が経験したことは彼らに共有されたはずだが、そのほとんどは”ともだち”の内面というよりも、少年時代の出来事の再現に過ぎないし、フクベエの出番も少ない。第一、コイズミがフクベエ少年を認識した形跡がない。

 首吊り坂の事件の日付の設定が1年違っていた点も、まだ嘘なのか間違いなのか、嘘なら何故なのかもヨシツネ達には分かっていないはずだ。コイズミが最後に学校の屋上で会った忍者ハットリくんのお面の下の顔は、正体こそ判明したものの、その後のサダキヨ先生の説明を加えても、せいぜいフクベエとサダキヨの人間関係の一部が明らかになったに過ぎない。


 今後、”ともだち”一派の残党が何をしでかすのかを探るにあたり、VAはそんなに大きな期待を寄せるほどのものだったのか、私にはよく分からない。むしろ、溺れる者、藁をもつかむの心境に近く、他に良策が見当たらなかったと考えたほうが良いか。では、今回(第14巻)の成果はどうだったろうか。

 確かに、「ドンキーがその時見たもの」は分かった。分かったといっても、奇跡と称して自殺を図って見せたことがあったということだけだろう。だが、”ともだち”の残党の人類絶滅計画を阻止し得るような即効性のある情報は入手できなかったと思う。むしろ、彼らが体験したのは「死んだ”ともだち」であるフクベエの頭の中というよりも、死んでないほうの”ともだち”の内面の一部ではなかったろうか...。


 第14巻181ページ目の上段には、ともだちマスクの男を茫然と見つめる万丈目と、首を吊ったまま二人を見下ろしているフクベエという気味の悪い絵が出てくる。フクベエが、「そうだと。これでいいんだよ。」と言ったが、ともだちマスクは、これが気に入らなかった。

 間に立つ万丈目が、あわてて身を避けるほどの勢いで、男はフクベエに迫った。そして、いきなりその両腕で、宙に浮く少年の足首を真下に引っ張った。これには驚いたねえ。VAは単なる3Dではなく、中に居る者は知覚も感情も持っている。フクベエは窒息し、「クカ」とか「やめ...」とか言っているが、目がつり上がって充血しており如何にも苦しそうだな。


 ここで、ヨシツネが「よせ!!」、カンナが「やめて!!」と叫んでいるのが面白い。いくら元同級生であり、あるいは父親であると言っても、所詮VAだし、フクベエのせいで二人は散々な目に遭ってきたのだが、目の前の残虐な行為に思わず反応したのだろう。
 
 まして、万丈目にとっては、今や愛しく懐かしいばかりのフクベエである。「やめろ、離せ」と叫びつつ、「おまえはここで死ぬんだ」と脚を引っ張り続けているマスクの男にすがりついて止めさせようとした。男は振り向きざま万丈目にもう一度こう言った。「これが真実だ」。


 本当にあった出来事すなわち「事実」とは細部が違う点はともかく、マスクの男にとっての「真実」は、フクベエの嘘を許容できるものではなかったようだ。そして、まず間違いなく、ともだちマスクの男は、当時の現場で「事実」を見て知っている。当夜、この理科室にいて、すでにこの時点で死んでいるフクベエでも山根でもない子供、すなわちナショナル・キッドのお面の少年である確率は高い。

 いずれも顔を隠しているから、サダキヨなのか、カツマタ君なのか、他の誰かなのかは断定できない。ただし、繰り返すけれど、私の印象では彼はサダキヨ的ではない。そして、その男は、わざわざこんなことを見せつけるためにVAに入ってきたらしいので(誰に見せつけたかったのか分からないが)、やはりフクベエに強い敵意を持っているはずである。



(この稿おわり)



建設中の伊良部大橋(2012年7月10日撮影)




その近くで釣れたタマガシラ(同日)