おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

怪談 カツマタ君 (20世紀少年 第410回)

 オバケなんかいないよとドンキーに諭されたのに、モンちゃんたち3人はオバケの話をしながら歩いている。追跡しながら、その話を聴いてコイズミは「ホ、ホントの話?」と怯えているのだが、ヨシツネは「わからん。とにかく、あの頃の僕達はよくあんな話をしてた」と言うばかり。

 私も子供時代は仲間と一緒に、ジャリ穴にいる伝説の巨大ライ魚のような与太話を無数に交わした覚えがあるが、しかし、なぜかオバケの話をした記憶がない。思うに怪談とは、聴いて怖がる奴がいないと話し手もつまらないに違いない。このシーンでの語り部のケロヨンは、モンちゃんとコンチが十分に怖がっているので強気である(彼は首吊り坂には、怖くて来れなかったらしいのだが)。


 例によって、話の出所は知り合いの知り合い等という又聞きの情報である。本件の場合、ケロヨンは4組の西尾の友達が見聞した幽霊の話を披露している。ジャリ穴のライ魚は、吉田の友達の友達の話をヨシツネが仕入れたもの。首吊り坂の幽霊は、中村の兄ちゃんの友達が見たとオッチョが語り、コンチの兄さんも見たとヨシツネが言っている。

 サダキヨは中学生と中年期に二回も死んだことになったもんなあ。少年たちの話題は子供っぽいけれども、われわれ大人の噂話とて、似たような経路で伝わってきて、自分も適度に脚色してから知らなかった連中に吹聴していることに変わりはない。ここでケロヨンが語るカツマタ君の幽霊の話も、信憑性を検証する術はないが、でも折角だから付き合おう。


 ケロヨンによると西尾の友達は、給食当番の割烹着を理科室に忘れてきたらしい。早速、モンちゃんが、「なんで給食のかっぽう着を理科室なんかに」と適切に反応している。ケロヨンの「知るか!」という切り替えしも良い。これは科学よりも宗教に近い世界なのであって、信じるか信じるかは本人次第であり、設定の不自然さを云々するなど論外なのである。

 かっぽう着は見つかったが濡れていて、その下に解剖されたフナが置かれていた。うん、これは怖いな。西尾の友達も恐怖のあまり走って逃げたが、理科室の出入り口で思わず振り返ってしまった。そしたら、カツマタ君が立っていたのである。これだけで怪談になるということは、すでにその時点で、カツマタ君は死んでいた(ことになっている)ということになる。


 ちなみに、「一瞬、振り返る」というのは、致命的な結果を招くことがある。イザナミに先立たれたイザナギは黄泉の国に会いに出かけるが、見るなというカミさんの命令に従わなかったため、大変なことになった。旧約聖書では、ロトの妻がソドムとゴモラを振り向いてしまい塩柱になった。

 犬と猫では、猫のほうが交通事故に遭う確率がはるかに高いと聞いたことがある。その理由は二つあり、一つは犬が臆病で車道を渡らないため。もう一つは、猫は異変を察知すると一瞬、立ち止まって相手を凝視する癖があるため(これは確かに、よく見かけますね)、走ってきた車に対しても、これをやって手遅れになる。ニホンカモシカも猫と同じように立ち止まって振り向く。私はカモシカと福島の山奥で、そうやってしばし見つめ合った。


 西尾の友達に崇りがあったかどうかまでは語られていなが、これだけでドンキー以外の少年たちにとっては、震え上がるほどの怖いお話であった。興味深いのは、それに続く会話である。モンちゃんが「カツマタって、どんな奴だっけ?」と訊くが、コンチは「俺、よくしらない」と答えている。

 続いてケロヨンも「二組だっけ?」。モンちゃんは「五組だろ」。「なんで死んだんだ」、「それがよくわからないんだ...」、「葬式とかやんなかったのか?」、「先生はいったんじゃないか?」などと続く。要するに、たぶん間違いなく、この3人はカツマタ君のことをほとんど全く知らない。同じクラスでもなかろう。サダキヨよりも更に影が薄い感じがする。彼にはまだしも屋上のパフォーマンスがあったからなあ。


 「とにかく、フナの解剖やりたかったのに、その前の日に死んじゃって...」とケロヨンが言いかけたところで、一行は小学校の前にたどり着き、ドンキーは校門が開いているのに気づく。モンちゃんは怪談に怯えた影響を引きずっていて、夜は閉めるんじゃないのかと怖がっているが、ドンキーは「よかったね、楽に入れる」と一人、平然としたままであった。

 第1巻のドンキーのお通夜での会話、第12巻のヨシツネとユキジの会話、第14巻のヴァーチャル・アトラクションと併せて、以上が、カツマタ君情報の全てである。間違いないのは、同じ学年の子供たちの間で「死んだ」と言われていた、という一点のみである。加えて、どうやら確からしいのは、カツマタ君が理科の実験が大好きだったということだ。だからこそ、幽霊の出没する場所が理科室だという舞台設定がリアリティを持ち、恐怖感を高める。


 フクベエに取って代わって、”ともだち”になりすました男は、まだまだ先の話題だけれど、理科が好きで得意な者という傍証がいくつかある。反陽子ばくだん。二つ目の巨大ロボット。そして、間もなく第14巻に出てくるが、「人間とは思えない」スピードで、ヴァーチャル・アトラクションの中を移動する。

 さらに推測をたくましくすれば、フクベエが嘘を交えて作り上げたはずのヴァーチャル・アトラクションを、万丈目も気づかぬうちに作り変えた疑いがある。少なくとも、その変化は知っていたことが、もうすぐ明らかになる。これだけではカツマタ君が”ともだち”の二代目と決めつける十分条件にはならないが、必要条件は満たしているように思う。

 少し先走りすぎた。開いたままの校門からドンキーが校庭に入っていき、モンちゃんとケロヨンが、怖がりながら後を追うシーンが、113ページ目に出てくる。そのとき最後尾にいたコンチが「ん?」と言って、後ろを振り向いた。だから、振り返るとろくなことはないと言ったばかりなのに。



(この稿おわり)





道端にて(2012年6月28日撮影)