おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

また逢う日まで (20世紀少年 第407回)

 第14巻第6話のタイトルは「スプーン曲げの男」。またしても、私の苦手なスプーン曲げのシーンが出てくる。最初に登場するのは公衆電話。カラーならば赤い色をしているはず。おそらくこの当時は、10円玉しか入らなかったはずだ。だから長距離電話のときは、たくさんの10円玉を用意しないといけない。それにダイヤル式は番号の架け間違いが多かった。第2巻に出てくるチョーさんの自宅には、1997年なのに、まだこの種の受話器が置いてある。

 そもそも、私の実家には1970年ごろまで電話機がなかった。電電公社の高額の権利代も通話料金も払えなかったからである。実家の隣の隣に比較的、裕福な家があり、学校などの連絡用として、そこの電話を使わせてもらっていた。わが家に限らず、クラスの名簿には電話番号のあとに、呼び出しを表す(呼)の表示のある同級生が3分の1か、4分の1ぐらいいた。当時は最先端の文明の利器だったのです。


 電話も変わった。ハインラインのSF長編に「月は無慈悲な夜の女王」というすごい名前の小説があって、月面の施設で活躍する登場人物が電話で話をしながら歩き回るシーンがある。ある程度、遠くまで来たとき、電話のコードが伸びきってしまい、それ以上先に進めなくなってしまった。そういう想定が変でも何でもなかったのだ、私が若いころは。今やケータイなど文房具みたいなものだもんね。

 さて、その公衆電話で話をしている男は、ものすごく偉そうであり、どうやら売り込みに失敗したらしく、相手の社長に向かって「今に俺にひざまずく時が来る」などと捨て台詞を吐いている。これが「あのころ私も若かった」万丈目であった。蝶ネクタイに釣りズボンか。バタ臭い。


 暑い。まだ昼間なので、彼は営業中の「喫茶さんふらんしすこ」に入った。夜なら隣のスナック「ロンドン」だろうな、きっと。サテンのマスターはラジオに合わせて「また逢う日まで」を熱唱中であった。それを邪魔された上に、入ってきたのが顔見知りの押し売りだったため、迷惑千万という顔をしている。

 このマスターの髪型とモミアゲは、この歌を大ヒットさせた尾崎紀世彦のマネであろうか。尾崎さん、先々月にお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈り致します。好きな歌だったのに、間に合わなかった...。別れのその理由は話たくない。互いに傷つけ、全てを失くすから。そういう歌を聴きながら、われわれは少しずつ少しずつ大人になっていった。

 ちなみに、彼が和製トム・ジョーンズと呼ばれていたとは知らなかったが、この曲がレコード大賞を受賞したとき、ちょうど59ページ目のコイズミのように、尾崎さんがステージ上でダブル・Vサインをしている姿をテレビで観たのを覚えている。それが当時の関係者に「不謹慎だ」と言われたらしい。1971年というのは、まだまだそういう堅苦しい時代であった。


 万丈目はレモンスカッシュを注文し(好みが高須と同じですな)、俺は客だとここでも威張っている。さらに、トム・ジョーンズと知り合いだの、ベガスのショーを手掛けているだのと自慢話のオンパレードなのだが、マスターはどうやら信じているらしい。海の向こうの情報なんて限られていたものなあ。この年まで1ドルは360円だった。そのころ海外旅行に行けるのは芸能人と農協だけだったという印象がある。

 一億総中流と言われ始めた時期なのに、例えレコード大賞をとるようなヒット曲であろうとも、そう簡単にレコードなど買ってもらえなかったのが実情で、隣近所の子供たちは分担して買い、どこかの家に集まって聴くという有様でした。ステレオ・セットのある家など私の行動半径内には皆無で、45回転シングル・レコード専用のプレーヤーで拝聴する。


 店内で万丈目は、2本の指だけでお店のスプーンを曲げた。マスターが、こんな固いものよく曲げたなと驚いている。力ずくではなさそうだ。ヴァーチャル・アトラクションの中だから、どこまで信用できるかという問題もあるし、後年、万丈目は「21世紀少年」のバーチャル・アトラクションの中で曲げて、自分で驚いているのだから全く訳が分からん。この話題はお手上げだ。

 スプーンを弁償すると言ってスーツケースを開け、「NASAが開発したスプーン」一式を見せている。「アポロの飛行士が実際に月面で使ってた」そうだ。そんなことしてたかなあ、宇宙飛行士。真空で口を空けて食事をしたら、どうなるのだろう?? あ、着陸船内か。


 これなら「象が踏んでも絶対に曲がらない」という万丈目のセールス・トークは盗作であり、私が小学校の低学年のころ大ヒットした筆箱のCMで使われたコピー「象が踏んでも壊れない」の真似っこです。私も緑色の、なぜか金属の鎖をはめこんだ巨大なアーム筆入を買ってもらった。象が踏んでも壊れないかどうか、田舎の小学生には実証不可能である。象に踏まれる心配もなかった。

 マスターは一本だけと謙虚だが、万丈目は全部やるよと気前が良い。理由は「金のなる木」を、ついに見付けたからだという。その詳細は第16巻に譲るが、要はその商品価値に気が付いた万丈目が、山根たちとロープ持参で理科室に行く途中のフクベエ少年に再会したのが、この1971年8月31日だったのだ。ところで、喫茶店のマスターは、この押し売りスプーン曲げ男が、ちょっと先客に似ているとは思わなかったのだろうか。



(この稿おわり)




ドーナッツ盤専用のレコード・プレーヤー(2012年5月3日撮影)