おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

21世紀ほうき少年   (20世紀少年 第389回)

 のちに出てくる回想シーンにおいて、父親は少年をダニーと呼んでいる。ダニエル君かな。ダニー少年が「払わないと、父さんみたいになっちゃう」と言いながら、ケロヨンにソバの代金を渡そうとしたのは、彼の父が何でもツケにするのに、結局、払わないからだという。

 これに対して、ケロヨンは「あのなあ、坊主」と言いかけた。坊主は構わず話し続けたので、ケロヨンが何を言おうとしたのか分からない。もしかしたら少年の口から、父親の悪口など聞きたくなくて、止めようとしたのかもしれない。だが、ダニーの打ち明け話は悪口なんて生易しいものではなかった。


 ダニーは正直に、この金は父さんのポケットから抜き出したものだと明かしつつ、「でも元々は僕が稼いだお金だから」と意外なことを言った。父さんに横取りされたのか、とケロヨンの表情が引き締まる。ダニーが言うには親父から「お前が行けば金になる。行って来いって」と言われたらしい。

 これだけではちょっと情報不足だと思うのだが、ケロヨンは下町の蕎麦屋だから行動が早い。立ち上がって「父さん、どこだ。父さんに話がある。連れてけ」とダニーに言った。ケロヨンの息子は面倒に巻き込まれるのが嫌なようだが、ケロヨンはすでに腕まくりを始めていて、「お前は黙ってろ」という勢いである。相手が達者だったら、話だけでは済まなかったであろう。


 ダニーは建屋の裏側に親子を案内して、「ここだよ」と言った。ケロヨンは「これは...」と漏らしただけで絶句した。息子は声も出ない。「それが父さん」をダニーが指さす先を見れば、木の枝2本を縛っただけの小さな手作りの十字架が立っている。アーリントンのボビーの墓を思い出す。

 ケロヨンが見渡す限りの荒地に、何十もの同じような十字架が立っている。これ全部おまえが埋めたのかというケロヨンの問いに、うなずいたダニーは、1週間かけて自分が埋めたと答え、さらに「まだ全員じゃないけど...」と力なく語った。


 ところで私の知る限り、キリスト教のお墓は地下に棺を埋めて土をかぶせ、地面を平らにして十字架を立てるのが普通だと思う。しかし、このゴースト・タウンにある墓地では、土が盛られて塚のようになっている。少年一人では、地中深く穴を掘る体力も時間も足りなかったのだろう。

 でも、たった一人で、怖かったろうに、本当によくやったよ、ダニー。とにかく、ここでは尋常の沙汰ではない何かが起きたのだ。「何があったんだ、この街で」というケロヨンの叫び声で第8話が終わり、第9話「蛙帝国の逆襲②」が始まる。


 その冒頭は、少し時間をさかのぼり、ガソリン・スタンドの跡地で、ダニー少年が中学生のケンヂと同じ風情で、ほうきギターを弾いている。リフ代わりに、「ガーガー」と歌っているのもおんなじだ。そこに通行人が現れて、「坊や」と声を掛けてきた。

 第13巻の第9話では顔も名前も出てこないが、同巻第5話で既出のヒロインである。「今、演ってるの何て曲?」とキリコは訊いた。それは遠い昔、彼女が散々自宅で弟にほうきギターの演奏付きで聴かされた曲だったのだ。もしかしたら当時、弟のその姿を見て、この曲を聴いて、彼女はケンヂのためギターを手に入れてやろうと思ったのかもしれない。やっぱり、彼こそが20世紀少年であろう。



(この稿おわり)



ケンヂの垂涎の的だったセコハンのギターは26,000円だったな。エレキ・ギターは高価なのだ。
(2012年6月17日、楽器の町、御茶ノ水にて撮影)