おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

西暦2015年のはじまり   (20世紀少年 第336回)

 神様に嫌な年になるぞと宣告されてしまった2015年は、春波夫の豪邸で開催された新年会から始まる。元日、春さんは門下生やレコード会社(今でも、こういう言い方は残っているのだろうか)の皆さんを集めて歓待し、封筒を縦にしても立つほどのお年玉を配っている。ジョージ君も大感激。マルオ少年が言ったとおり、「お年玉は中身の金額による」のです。

 門下生たちの名前と外見からして、春さんは音楽のジャンルを問わず、後進の指導に当たっているらしい。なんせ当人がロックのドラマーにして演歌歌手であり、しかも絵が上手くて、サブリミナルにも通じているという多芸のお方だからな。人格者のごとく描かれているが、間もなく彼も過去の失態に悩む人物であることが分かる。


 春先生はマルオにドンペリを持ってこさせている。私のような何を飲んでも美味しいという酒呑みからすると、泡入りワインがボトル1本で何万円もするというのは贅沢の極みであり、別の言葉で言えば暴利である。ドンペリなんて飲んだことがないので、悔しくて言っている。それにしても、マルオは心ここにあらずの様子だな。

 正月ならば他にも楽しい思い出もあるだろうに、なぜ彼はケンヂと二人だけで過ごしたお年玉事件の日のことを思い起こしていたのだろう。春さんからのお年玉も、「2000年以来、喪中が続いていますので」と言って断っている。2001年の1月1日は、大爆発とともに始まった。それ以来、元日が来るたびにマルオはケンヂのことを思わずにはいられなかったに相違ない。

 
 子供のころも大人になっても、冒険騒ぎを起こすときのリーダーシップはケンヂとオッチョのコンビが発揮するのだが、日常生活においてケンヂと一番、仲が良かったのはマルオではなかったかなという気がします。お互いの家が角を曲がってすぐのところにあり、小学校卒業時のクラスも一緒、長じて同じ町内でお店を営んだ。

 いつも一緒に遊んでいたし、お互い言いたいことを言える同志だったし。共にケロヨンの結婚式に出て、共にドンキーの葬式にも出て、モンちゃんの歓送会やクラス会にも出て、何もなければ「こんな毎日がキミのまわりで、ずっとずっと続きますように」とケンヂが願ったとおりになるはずだったのだ。そうはならなかった。そして、マルオに復讐の機会が巡ってくる。


 春波夫の付き人として、マルオは元国会駅にある”ともだち”の館まで、「新春の謁見」に来た。この気色悪い建物は、ウジコ・ウジオのお二人が、宝塚先生や角田氏たちの放免を陳情しに来て以来の登場であろう。国民が列をなして順番待ちをしているが春さんは特別扱いであり、しかも単に順序が優先されるのではなく、一般人と違って直接お目にかかることができるらしい。一般人はお目にかかることもできないのか。畏れ多くも皇室は、もっとフレンドリーだぞ。

 謁見の間に向かいながら、春さんはマルオに、「また、少し太った?」と訊いている。「また」ということは、どうやら太り続けているらしい。マルオは「実は、全身に爆弾を装着しています」と答えて、着ぶくれに過ぎないことを伝えている。春さんは無言であった。そのまま連れて歩きながら、14年間どんな気持ちで過ごしてきたかと語りかけて気遣うのみ。


 控室まではボディチェックがない。お付きのマルオもそこまでなら入室が許される。廊下で二人がすれ違ったのは首相であった。この時点でも、内閣総理大臣友民党からではなく、別の与党第一党から出ている様子。その首相も自ら足を運ばないと会えないらしい。この首相はどうみても小泉さんがモデル。

 物語の首相は、紅白に「感動した」と言っているが、本物のコイズミじゃなかった小泉首相がこれと同じ言葉を発するに至った場面を、私は運よくテレビの実況中継で観ている。優勝決定戦で貴乃花武蔵丸を破った大相撲。忘れられない名勝負の一つである。

 ちなみに、その数年前、私は両国の国技館で別の優勝決定戦をこの目で観た。そのときは貴ノ浪貴乃花を破っている。授賞式には、今は亡き青島知事が出た。その日、入場時に国技館の入り口前で、偶然、車で乗り付けた寺尾と舞の海を目の前で見た。二人とも優雅な和服姿、私が男をみて美しいと感じたのは、このときが最初で最後。

 
 春波夫様の謁見の順番が来て、呼び出しがあった。私のことは気にしなくていい、チャンスがあったら、おやりなさいと言い残して春さんが入室し、マルオは一人、控室に残る。彼は先端にリングの付いた紐のようなものを、ジャケットの長袖に隠している。これが信管の安全ピンにつながっているのか。これを強く引けば起爆装置、おそらく手榴弾か類似の何かが破裂し、続いて全身に装着したダイナマイトが大爆発を起こすのだろう。

 しかし、いくらVIPの連れとはいえ、隣室までボディチェックなしで行けるとは、”ともだち”も極悪人のくせに警戒心が薄いな。嘘つきは他人の嘘が分からないともいう。この甘さが、この日の夜、彼の運命を狂わせることになる。マルオは心中、「これを引けば決着がつくんだ。ケンヂ...」と呟いている。彼は自爆テロリストになるかどうかの岐路に立った。


(この稿おわり)



ケヤキの新緑もまた美しい(2012年4月15日撮影)