おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

新宿  (20世紀少年 第324回)

 昨日の続き。確かに作品中に、千代田区関連の地名も少なからず出てくるけれど、お茶の水工科大学は、お茶の水博士のモジリかもしれないし、そもそも地名の本来の表記は御茶ノ水なのだ。

 一ツ橋も頻出するが、これは小学館があるからである。では、新宿区はどうか。これまでは、諸星さんが事件に巻き込まれた駅が、JR市ヶ谷駅に似ているという程度の指摘しかしていない。でも新宿にまつわる地名は、2014年以降も含めると実にたくさん出てくる。


 その前に、そもそも東京で間違いないのかという問題を片づけておかねば先に進まない。第1巻でチョーさんがケンヂに見せた警察手帳、また、第13巻で”ともだち”の殺害現場に集まったパトカーは、どうみても警視庁のものである。

 ケンヂ自身も、第18巻の第7話で、家はどこかと尋ねる蝶野刑事に、東京だと答えている。まあ、いちいち例を挙げなくても、全身全霊で東京だと感じます。第13巻では”ともだち”が死んだ学校が「区立第三小学校」と報道されているので、東京23区内で間違いあるまい。


 1997年当時、チョーさんとヤマさんは同じ警察署に勤務しており、ケンヂのコンビニはその所轄内だった。警察署の名前は分からないが、この二人は「太陽にほえろ」の登場人物がモデルであり、このTVドラマの舞台である七曲署は新宿にある。高層ビル群を背景に、若手の刑事がよく走っていたものだ。

 七曲署は架空の組織だが、ネット上にたくさんある「太陽にほえろ」関連サイトによると、その住所は新宿区矢追町という、これも架空の地名である。矢追町の名前は第2巻58ページの、チョーさんとヤマさんの会話に出てくる。亡くなった金田少年の自宅があった場所。矢追町のモデルは、私が仕事でよく出かける市ヶ谷や牛込に近い矢来町ともいわれ、落合には七曲坂という地名もあるが、いずれも新宿区内にある。


 ともだち博物館があった東中野は、文字通り中野区にあるが、ちょっと歩いて神田川を渡れば新宿区であり、そのあたりは昔から淀橋という地名であった。今でもその名の橋があるし、その名を借りた電気屋さんも繁盛している。ともだち暦3年には、オッチョとサナエとカツオが、淀橋まで徒歩の日帰りで、テレビの修理(結果的には、泥棒)に出かけている。そもそも、オッチョは、新宿に戻ってきて撃たれたのだ。

 新宿といえばカンナ。常盤荘は新宿にある。都立新大久保高校も、間違いなく新宿区だろう。バイト先の歌舞伎町はもちろん新宿のど真ん中。氷の女王のアジトに選んだ曙橋も新宿区にある。彼女がここまで新宿にこだわった理由は、ケンヂおじちゃんが新宿で死んだというのは勿論、理由の一つとしてあるだろうが、それだけかどうか。


 常盤荘に越す前、カンナはユキジの家にいた。引っ越し前後で学校もバイト先も変わらないのだから、ユキジの自宅も新大久保からそうは離れておるまい。ユキジと市原弁護士は新宿中央公園で会っており、モンちゃんの墓はそこから徒歩で行ける距離にあるらしい。ユキジとカンナは新宿に愛着を抱いている感じがする。

 バーチャル・リアリティーでは、第14巻、コイズミの才能に惚れた神様が、彼女の父親だと勘違いしたヨシツネに名刺を差し出しているだが、株式会社ガッツボールの住所は、新宿区になっている。ともだち暦3年に、神様は新宿にあったボーリング場の廃墟に、ガッツボールの看板を立ててオッチョを驚かせている。


 そもそも、血の大みそかの夜には、なぜ大爆発は新宿で起きたのか。直接の原因は、市ヶ谷方面から新宿駅に向かった巨大ロボットと、甲州街道を東に進んだモニュメントが、新宿の真ん中で相対したからだが、両者の移動経路と衝突地点は全くの偶然によるものなのだろうか。両方とも、”ともだち”が作って動かしたのに?

 今では東京を代表する新都心新宿だが、私が小学校のころ東京見物にきたときは、まだあの超高層ビルは一本も立っていなかった。新宿区や隣の中野・世田谷は、私も長年、働いたり住んだりした地域だが、今でもけっこう公園や緑地が残っている。武蔵野台地からの湧水が出る。他方、古くからの交通の要所であり、商業・サービス業が盛んな土地でもある。少なくとも、一ツ橋や御茶ノ水のアカデミカルな雰囲気よりは、ケンヂたちの町内にふさわしいように思う。


 ところで、世界大統領となった”ともだち”が、子供時代の町を再現したテーマ・パークがどこに建設されたのか、今の私にはわからない。新宿区ではないかもしれない。ともだち歴3年に、新巨大ロボットと、ケンヂを載せたマルオのトラックが、新宿とテーマパークの間をそれなりに時間をかけて移動している。そして、元あった場所に過去を再現したならば、”ともだち”が同窓生のトラックを誘導する必要はない。

 ともあれ、もし、ケンヂたちの町は新宿区だという説を主張するならば、なぜ”ともだち”が新宿を破壊したのか、また、なぜ新宿に昔の町を再現しなかったのかという、自分が招いた質問に私は答えなければならない。”ともだち”は子供時代の思い出が、よほど嫌だったのだろうか。

 なぜ再現したのか。それについては、ユキジも「どういうつもりでこんなものを?」と悩んでいる。自分の思い出のためか、それともやはり「何か」を思い出させようとするためか? これからは、それについても考えながら読み直していきます。


(この稿おわり)



八重桜(2012年4月8日撮影)



新宿区矢来町