おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

すごく悪い子   (20世紀少年 第275回)

 第10巻の第3話「監視」は、カンナを観察し始めたコイズミが、高須に監視されていたというお話。相変わらず、グルグルうずまきのお面や高須が出てくる悪夢にうなされるコイズミ、飛び起きて時計を見て「やばっ、遅刻」と叫んでいるが、これはカンナも言っていたな。懐かしい。

 学校で、なぜかコイズミはカンナの行動を調べ始めた。運動神経抜群で、走り幅跳びは6メートル13、図書館で難しそうな本を読み、古いカセットを聴き、学校ではいつも一人、歌舞伎町のコワそうな人たちに顔がきき、そしてドーナツが好き。調査結果は、「調べれば調べるほど近づけなくなっちゃった」というものであった。そうか、お近づきになりたかったのだ。


 走り幅跳びといえば、カール・ルイスである。最強のロング・ジャンパー。同年代が活躍するというのは、それだけで嬉しいもので、私の場合、例えば同い年にはマラドーナリネカーリトバルスキーがいるし、一つ上にはケンヂやオッチョがいるし、カール・ルイスは一歳、年下の男の子。

 オリンピックで4大会連続の金メダル。100も200も速かった。一体、いくつメダルを持っているのだろうな。近頃の日本のスポーツ・マスコミは語彙が貧困で、スポーツ選手なら猫も杓子もアスリートと呼ぶが、本来、これくらいの人でなければアスリートとは呼ばない。と私は思う。

 私はカール・ルイス走り幅跳びを、この目で見たことがある。オリンピックのような国際大会ではなくて、日本国内の大会に招待選手のような形で来ていたような覚えがある。場所は確か代々木。世界記録レベルではなかったが、余裕で優勝していた。彼も私も二十代半ばのころである。全盛時代だろう。


 コイズミがミセス・ドーナツという店で、カンナを調査していたところ(本人はこっそり見ているつもりかもしれないが、この角度と距離では丸見えだと思うぞ)、店内のテレビで春波夫の歌う「ハロハロエキスポ音頭」が映った。一瞬、忍者ハットリくんの映像が流れる。

 サブリミナル効果という言葉を初めて聞いたのは、中学生のときの「刑事コロンボ」であった。何という作品名だったか忘れたが、サブリミナルが悪用されるというプロットだったと思う。日本では民放テレビ局がオウム真理教がらみで悪ふざけをして叩かれた。春先生は、この年の紅白歌合戦でも、この手法を用いて世論に訴えている。


 カンナは春事務所の内情を知らない。店員にテレビを止めろと無理を言い、ダメだと分かるとスプーンをひん曲げて出ていってしまう。びっくりして見送るコイズミに、「あの子を調べてどうするつもり?」と高須の声。悪夢は正夢だったのだ。「すごく悪い子」と評価され、その場でコイズミの「ワールド送り」が決まってしまう。あーあ。

 コイズミは自宅に戻って、両親にわが身の危機を伝えるのだが、ご両親は霜降りとビールで娘の好成績に盛り上がっており、てんで話にならない(食卓の様子からして、響子は一人娘だろう)。

 窮地に陥ったコイズミが思い出したのは、ヨシツネの秘密基地でもらった会員証だった。盗撮の写真のやつ。東京都大田区新羽田という緊急連絡先が載っている。たぶん次の日の朝だろう、コイズミは新羽田の再開発地区に立った。


 一面の荒地に旧式の公衆電話ボックスが一つ。秘密基地の設備にしては目立ちすぎだが、しかし、コイズミのような人に見つけてもらわなければならないのだから仕方がないか。はたして住所が一致。彼女が驚いたことに、電話が架かってきた。私も小学生のころ、通りかかった公衆電話が鳴りだして、ものすごく驚いたことがある。間違い電話だったのだろうか。

 コイズミが受話器を取ると間違い電話ではなくて、相手は懐かしのヨシツネだった。遠隔地から監視できるようなモニターでもあるのだろう。コイズミは「ヨシツネ!?」と驚いているが、呼び捨てかー。対等じゃん。まあ、バーチャル・アトラクションの中で散々おばちゃん呼ばわりされてきたからなあ。

 
 コイズミは何の用だと訊かれて、ワールド送りになりそうだと助けを求めたところ、相手のヨシツネは、最近ともだちランドで、ベスト・クリーナー賞とやらをもらい、ワールドに栄転しようだから都合がよいと、とても暢気である。しかしそのヨシツネも、お面の下の顔の話には無言で応えるほかない。

 結局、間に合わなかったらワールドで会おうという一言を残して、電話は切れてしまう。憔悴したコイズミは、トモコさんいわく、「ひどい顔して、午後登校」という大遅刻。ともあれ、この場面で印象的なのは、コイズミがカンナに会ったときの印象をヨシツネに伝えるシーンです。

 カンナが「元気すぎる」という表現は、後年、マルオもキリコに対して使うことになる。電話口では会話が途切れた。「ヨシツネ...? 泣いてるの...?」とつぶやくコイズミの表情が良い。ヨシツネの心境も察して余りある。ともあれ、学校、学校。新しい先生が待っている。


(この稿おわり)


午後遅くの上野。銀色に輝く雲。(2012年1月28日撮影)




今日は楽しい雛まつり(2012年3月3日撮影)