おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

モンちゃんのお墓と「しんよげんの書」 (20世紀少年 第265回)

 
 第9巻第6話「告白」の最初の2ページは、ユキジがお墓参りに行く場面である。彼女は、「みんなで一緒に命日のお参りに来たよ」とお墓に声をかけている。ユキジ以外の「みんな」は写真の中だ。ヨシツネが自分の基地に飾っている写真とは異なるし、彼女の写真がなくてフクベエの写真があるということは、ユキジが撮影したものか?

 写真のマルオは、なぜかラーメンを食べておらず、ヨシツネと仲良く一緒に映っている。ケンヂの顔写真はご機嫌そのものだが、指名手配犯の「どアップ」を、一体どこで現像したのだろうか? ユキジが最後に立てかけたのはモンちゃんの写真。そして墓には、子門真明の墓と刻まれている。モンちゃんは他界したのだ。本名も初めて分かった(およげたいやきくんを思い出す)。


 この場面はこれだけの描写なので、初めての読者にはモンちゃんが、いつどこでなぜ死んだのか、まだ分からない。2000年の暮れ、すでに彼は「俺、やばいらしい」という病状にあったことは知っているので、そのまま回復せずに亡くなったのかと思うのが自然だろうかと思う。だが、実際は違った。その詳細は次の第10巻に譲ろう。

 少し先の117ページ目、墓参を終えたユキジが歩きながら、2002年のモンちゃんとのやりとりを回想するシーンが始まる。病床のモンちゃんは、お見舞客のユキジが理解できないことを語り始める。「2014ねん、しんじゅくのきょうかいでしゅうかいがひらかれ、そしてまたあくむのようなせかいがはじまるだろう」。


 「何それ?」と訊き返すユキジに、モンちゃんはバッグの中から、3枚のコピー紙を取り出して見せた。その1枚目は、書物の題名と思しき「しんよげんの書」という怪しげな文字。「よげんの書」に、「続きがあった」のだ。2枚目は、公衆の面前で誰かが誰かを銃で撃っている絵と、先ほどの「2014ねん...」から始まる文言に加えて、「しゅうかいでは、きゅうせいしゅはせいぎのためたちあがるが、あんさつされてしまうだろう」という不気味な予言。

 そして3枚目には、大阪万博の「太陽の塔」に向かって万歳している人の絵に、「ばんぱくばんさい。ばんぱくばんざい。じんるいのしんぽとちょうわ。そして、せかいだいとうりょうがたんじょうするだろう」という不可思議な文章。彼が入手したコピーはこれだけで、差出人不明の封書により郵送されてきたらしい。


 モンちゃんによれば、”ともだち”の正体を突き止めるべく、彼は数えきれない人と会った。誰も真向から情報提供してくれなかったが、その中の誰かが自分に向けて、こういう形での「モールス信号」を送ってきたのだとモンちゃんは考えている。そして、あともう少しで、”ともだち”の核心に至るところまで来ていると信じている。

 ユキジはモンちゃんに、養生に専念するよう説得を試みるのだが、モンちゃんは自らの死期が近づいていることを疑わない。先ほどの写真のみんなのように、「最期まで戦わなくちゃ、地球の平和を救うために」と語る。モンちゃんは、ほかのみんなが「最期の時まで」戦ったと言っているから、生き残ったのは自分とユキジだけだという厳しい認識を持っているのだろう。


 思えば血の大みそかの夜、巨大ロボットに向かって走るケンヂを嘲笑う友民党の連中に向かって、正義のために戦っているあの男を笑うなと銃で威嚇し、ユキジを驚かせたモンちゃんであった。ケロヨンもコンチも招集に応じなかったのに、デュッセルドルフから戻ってきて参戦したモンちゃんであった。

 第1巻、彼の記憶だけを頼りに、20世紀少年たちは、かつて秘密工場の跡地に埋めたカンカラを掘り起こすことに成功した。スピーチ下手のケンヂにしては歴史に残るであろう、秘密基地解散宣言の名演説をみんなで思い出している。「次にこれを掘り起こす時は、俺たちが敵から地球の平和を守るときだ」。

 あのとき、1997年のケンヂやモンちゃんたちは、「今の俺たちを見て、あのころの俺たちは笑うだろうか」と自問自答している。ユキジはそれを知らないが、モンちゃんはそれを覚えている。そして、2日後、「しんよげん書」の情報をユキジに残して、モンちゃんの姿は病院から消えた。間もなく彼は、良い仕事をしたものの、「地雷」を踏むことになる。


 小学校時代から初老に至るまで、物語にはいろいろな年代のユキジが登場するが、私はこの2002年の四十過ぎになる彼女が最も美しいと思う。モンちゃんの病室で優しく切ない表情を浮かべているという事情もあるが。126ページ目までの彼女と、127ページに出てくる2014年の彼女を比べると、この12年間でいかに彼女がやつれたかが歴然としている。

 これは単なる年齢の積み重ねによるものだけではない。この間に、モンちゃんは行方不明になったまま死に、待てど暮らせど血の大みそかの仲間は戻らず、最近カンナまでもが行方不明になった。”ともだち”は繁栄し、万博で浮かれている。ユキジの苦悩は深い。だが、親友の市原弁護士と会うときだけは、彼女も溌剌としている。では気を取り直して、その場面に移ろう。


(この稿おわり)



おそれ入谷の鬼子母神(2012年1月22日撮影。入谷にて)



モンちゃんと同じ家紋。