おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

INRI     (20世紀少年 第264回)

 第9巻の第5話は「超能力」。カジノを混乱に陥れて逃げ出したカンナ、蝶野刑事、マライアさん、渡世人の4名が、元区役所広場で、よりによってホームレスからくすねたお金で缶コーヒーを飲んでいる。文無しで、早朝で、寒い季節なのだ。

 人を集める目的を渡世人に訊かれたカンナは、「警察、政府、それよりもっと上の力」と答えたので、渡世人から「あんた方、テロリストか?」という至極もっともな質問を受けてしまい、カンナはカンナで激しく「違う」と言い返している。かつて、いや今でも、ケンヂたちはテロリストとされている。爆弾娘にとっては禁句なのだ。


 渡世人は話題を変えて、カジノでのカンナの勝ち方を不審がる。カードの裏から数字が読めるとは、超能力者かと訊いているのだが、カンナはあっさりこれを認めている。しかも、渡世人によれば、「ラビット・ナボコフ」最後の勝負は、実はもしも本当に最後までやっていればカンナの負けだったことを伝え、超能力以上のとんでもない何かを持っていると告げる。

 それはそれで目出度いのだが、肝心の招集時間になっても誰も来ない。刑事は警察に戻って戦うと言い、マライアさんがニューハーフの仲間を集めるとカンナを慰めていたころ、ようやく、コーヒー代を負担したホームレス以外の連中が遅刻して集まってきた。決壊が始まったのだ。


 ところで、カジノでカンナが声をかけた相手は、タイ系と中国系のマフィアだけのはずだが(そういえば、渡世人はどうやってカジノに入場したのだろう)、この情報はホームレスにも伝わった。

 おかげで缶コーヒーを飲めたわけだが、裏街道で生きる人々の間には、独特のソーシャル・ネットワークがあるのだろう。話が漏れてよかったのだ。そうでなければ、市原弁護士とユキジ、ショーグンと角田氏は、教会の式典に間に合わなかっただろう。


 さて、人員の手配に目星をつけたカンナが、次にやるべきことは場所の手配である。彼女は新宿歌舞伎町教会に向かった。仁谷神父の職場である。教会の建物のてっぺんに十字架があり、その下にステンド・グラスがある。絵柄は十字架で磔になっているイエス、そのうえに「INRI」の4文字が見える。

 これまで欧米のミュージアムや日本での美術展で、たくさんの中世や初期ルネッサンスの西洋絵画を観てきたが、ほとんどはキリスト教を題材にした宗教画ばかりと言いたくなるほどで、この「INRI」も決まり文句のように描かれている。ラテン語で、「ナザレの人イエスイスラエルの王」という意味らしい。


 このうち、「王」を意味するのは「R」、すなわち「REX」の頭文字である。REXについては、だいぶ前にもう触れた。チラノサウルス・レックスは、トカゲの王という意味でした。「20世紀少年」を歌った「T-REX」のバンド名も、もちろん、この恐竜から来ている。

 のちに、このステンド・グラスは散々な目に遭うのだが、それはさておき、カンナは神父と話すにあたり、懺悔の部屋を用いた。神父さんは「さあ、告白しなさい」と言っているので、第6話のタイトルも「告白」になっている。しかし、カンナは懺悔、つまり罪の告白をしにきたのではない。


 カンナと神父は二人とも大真面目であり、各々きちんと話をしているのだが、いかんせん会話が全く噛み合わない。仁谷神父もローマ法王暗殺計画と聞いては、職務上も個人的にも重大な関心を寄せざるを得ないのだが、あまりに突拍子もないカンナの告白であった。

 しかも、マフィアの集会場として教会を貸せだの、神父に彼らの説得役になってくれだの、イエス様とは関係のない盛りだくさんの要望である。さすがの神父も証拠がほしいと述べ、信じてくれないとカンナを怒らせている。彼女も率直な人で、やっぱり苦しい時の神頼みなんて役に立たないと叫んでいるが、最後の手段、「よげんの書」を神父に突き付けて判断を迫る。

 2000年血の大みそかの夜、出陣するにあたって、ケンヂがカンナに託したのは、白い帽子だけではなく、この「よげんの書」も手渡されていたのだ。カンナは「1969年にケンヂおじちゃんが書いた」と断言しているから、その成り立ちも聞いていたのだろう。だが、その続編が登場するとは、よもや想像していなかったに相違ない。


(この稿おわり)



例えば、こんな絵です。(2011年12月24日撮影)