おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ゴト師   (20世紀少年 第262回)

 1枚のコインから始めたカンナのスロットは連戦連勝だったようで、マライアさんが換金したところ4万7千円ほどになった。私の場合、ラスベガスでのスロットはトントンであったが、最後に訪れたリノで儲けた。このときリノに向かう途中、マイ・カーのタイヤが破裂して、運転していた車が、いきなり隣の車線にまで斜めに吹っ飛ぶというトラブルに遭った。

 一つ間違えれば大惨事だったのだが、幸い近くに走行中の車はなく、よろよろ運転でフリーウェイから降りて、ガソリン・スタンドで修理を頼んだ。タイヤの交換のみならず別の個所の修理も要するとのことで、3時間ほどかかると言われ、その間にカジノまで歩いてスロットをやって勝ち、修理代を払ってお釣りが出た。


 まずは勝って、多少は機嫌が良くなったのか。無口のカンナにしては珍しく、近くでスロットに興じていた和服の着流し姿の男に、「おじさん、その台、だめだよ。これなら次、来るけど」と親切に声をかけている。私も大学生のころ、知らないおじさんに2回ほどパチンコ屋で、「にいちゃん、ここ出るぜ」と教わり、いずれも譲ってもらった台で勝った記憶がある。儲けて去る者は気前がいいのだ。

 和服の男は最後まで名前もあだ名も分からないが、第10巻の「登場少年紹介」では「謎の渡世人」と紹介されているので、渡世人と呼ぼう。渡世人は、木枯し紋次郎のような渋みのある男で、カンナに「ラビット・ナボコフ」を教えてくれるほか、このあと何回か出てくるが、揉め事が生じたときの防御・撤退の名手でもある。


 渡世人が、コインの最後の一枚をカンナのアドバイスに従って投資したところ、招き猫の絵が三つ並んで大当たりであった。彼は、カンナがイカサマをしたと信じ切っており、彼女をゴト師呼ばわりしている。ゴト師というのは、パチンコのイカサマ師のことで、私は「釘師サブやん」という漫画で、その存在を知った。

 一番、原始的な方法は、おそらく磁石を使って、鉄でできているパチンコ玉を誘導する方法であろう。ほかにも多種多様なイカサマの方法があるらしい。今でも釘師という職業はあるのだろうか。大学生のときバイトしていたパチンコ屋では、閉店後に初老の釘師が黙々と作業をしていたのを覚えている。


 渡世人は、イカサマがバレたらどうなるのかという蝶野刑事の質問に対して、「東京湾で妙なものが釣れて、漁師が困ってる。指先と顔をきれいに切りとられた死体だ」とおごそかに答えて、刑事とマライアさんを震え上がらせている。ラスベガスではIDさえ見せれば、相当額の金を貸してくれるらしい。ただし、返済の約束を守らないと、ハドソン川に浮いたり、ネバダ砂漠に埋まったり、いろいろ困ったことになるんだとアメリカ人から聞いた。

 マカオが中国返還後に模様替えして洒落たカジノになり、本家本元のラスベガスの数倍規模になるまで繁栄しているのに触発されてか、日本にもカジノを作るべしという議論がある。賛成派は、カジノは荒れ果てた賭場ではなく、洗練された大人の社交場だという言い方をすることがあるが、ご冗談もほどほどに。大金が動く閉鎖的な場に、裏の社会が興味を示さないわけがない。


 カンナはバレるようなイカサマをしていないから怖くない。渡世人が博打に詳しいとみて、「一発でドカーンと当たる奴」を教えてよと頼む。渡世人は「ラビット・ナボコフ」のルールを教え、ギャンブル性の高さと、イカサマのやり易さについて警告したうえで、本気を見せたカンナをその賭場に連れて行くことになった。

 個室に入場したカンナに、「お嬢ちゃん、いくつだ?」と問い、「おじさんはいくつ?」と切り返されてグフォグフォ笑っているガマガエルのようなおじさんが、私のお気に入りである。最後に、ラビット・ナボコフの賭場が破綻したとき、この男だけは銃を抜かなかった。抜いていたらカンナは危なかったかもしれない。単に銃を持っていなかっただけかもしれないけれど。


(この稿おわり)


渡世人、大当たり。(2012年1月22日撮影)