前回に続く与太話です。手元に新聞記事の切り抜きがある。読売新聞の2011年12月3日(土曜日)の朝刊の記事で、執筆者は社会部の次長さんとある。記事の内容は主にオウムの麻原で、11月にオウム関連の裁判が終結したことに触れているのだが、直後の大晦日に逃亡中の信者が自首してきたため、今後ややこしいことになりそうだ。さて、以下はオウムと直接、関係はない。
この新聞記事の冒頭で、筆者がアメリカの犯罪ドラマをテレビで観ていたところ、警察署に侵入した殺人犯に気付いたFBIの捜査官が、同僚に危険を知らせるときに使った表現が紹介されている。「ナルシストだ。銃を乱射するかもしれない」。記者はこれに違和感を抱いて、いろいろ調べてみたらしい。
私も記事にある表現と同様、「ナルシストと言えば、鏡で自分の姿をうっとりと眺めたりする人のことだとばかり思っていた」ので、ちょっとした驚きであった。ナルシスト、ナルシシズムという言葉の由来は、心理学の多くの専門用語と同様、ギリシャ神話である。
ナルシスという青年が、水面に映る自分の顔をうっとりと眺め続けているうちに生気を失って死に、その場所に水仙の花が咲いたというお話しである。そんなポエティックなイメージがあるから、ナルシストは人畜無害といった印象を我々は持つのだろう。
ところがこの記者の調査結果によると、米国の警察学校などにおいて、ナルシストは凶悪犯の典型的な人格の一つとして教えられているらしい。プロファイリングの世界では、危ない人なのだ。ナルシストの日常的な傾向として挙げられている性格や行動については、記事からそのまま引用しよう。
・ 自分にしか関心がない
・ 横柄で尊大
・ 賞賛を求める
・ 成功や権力の空想に浸る
・ 自分を特別だと思っている
・ 他人を利用する
完璧にフクベエではないか。私は第169回で、ミシェル・フーコーの著作に基づき、フクベエはパラノイアではないかという説を展開したばかりなのだが、こちらの方が分かりやすいし、より的確である。それに、フーコーには悪いが彼は哲学者だけれども、FBIや読売社会部とくれば犯罪者には詳しいのだ。
なお、記事には若干の補足もあって、「特徴は男性に多くみられること。強い自己愛と自尊心に支配され、自分だけが正しいと信じているから、他人からの批判や非難には激しい怒りを覚える。あいつはおかしい。こいつもおかしいと果てもなく恨みを募らせる...」。第17巻以降、描写されるフクベエ少年そのものと言っても過言であるまい。
ただし、ギリシャ神話とフクベエの間には、異なる点もある。ナルシスが水面に見たものは自分の顔だけであった。しかしフクベエは、ときどき鏡の中に「のっぺらぼう」を見るようになる。この「のっぺらぼう」が何の表象なのか、今の私にはまったく分からない。書いているうちに良いアイデアでも浮かぶとよいのだが。
この記事は、麻原を念頭に置いてナルシストを話題にしているようだが、もしもフクベエのキャラクター設定に麻原の人物像も使われているとしたら、上記の諸傾向に両者の共通点が多いのも不思議ではない。さて。そろそろ第9巻に戻ろうと思うのだけれども、その前に次回、話題にしておきたいことがある。
(この稿おわり)
春を待つ花、水仙。ナルシスの花。(2012年1月22日撮影)