おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

羊たちの沈黙   (20世紀少年 第258回)

 コイズミに付きっきりだったので一休みして、今回と次回は雑談です。単行本「21世紀少年」の上巻70ページ、ケンヂと国連軍の誰かさんとの会話が始まり、この相手が「私はプロファイラーです」と語っている。ケンヂの反応は「プロ、なんだって?」という頼りないもので、相手はやむなく、”ともだち”の内面を調査していると説明している。

 犯罪捜査におけるプロファイラーとは、正確な定義を知らないが、俗っぽく言えば、犯人像の予想屋さんである。日本でも犯罪心理学という学問領域が知られてきたが、プロファイリングは心理だけではなく、犯罪者の年齢・性別・人種・宗教・外見・癖といった属性なども推理の対象とするらしい。


 1990年代の初め、サンフランシスコで働いていたころ、それなりに時間がかかる自動車通勤だったので、よくラジオを聴いていたのだが、あるときラジオ局が「人類が初めてしゃべったセリフは何か」というお題でリスナーのアイデアを募り、順位をつけて発表した。2位はアメックスの「出かけるときは忘れずに」が入り、1位が「Is Elvis still alive?」であった。

 当時、エルビス・プレスリーの生存説は根強く残っていたのである。さっそく職場の同僚のメアリさんに、エルビスは生きているのかと訊いたところ、「もちろん。○○州△△市にいる。ミスタ寺本、会いに行くべきです。」とのことだった。メアリさんは、当時の私の上司だったアングロサクソン部長の秘書だった。


 彼女は初老の小柄な白人女性で、穏やかな人柄、まじめな働きぶり、明るい表情、豊かなユーモアのセンス、そして礼儀正しさを併せ持ち、私が知り合った中で最も魅力的なアメリカ人だった。私は彼女と無駄話をするのが大好きだったのだが、話が合った理由の一つは、お互い映画好きだったからである。

 あるときメアリさんに、最近の映画で面白いのはあるかと尋ねたところ、「もちろん。良い映画をやっています。ミスタ寺本。観に行くべきです。」と言って推薦してくれたのが、「Ghost」と「The Silence of the Lambs」であった。さっそく観に行った。「ゴースト」は英会話もストーリーも分かりやすくて楽しめた。デミ・ムーアが、まだ可愛かった。ウーピー・ゴールドバーグが抜群に愉快であった。


 これに対して、「The Silence of the Lambs」は、全く分からんかった。専門用語やらスラングやらが頻出していたのだろう。それに会話が多すぎて、筋の理解のため映像に頼るにも限界があった。そもそも、映画のタイトルの意味すら分からず仕舞いであった。羊の静けさ? 「沈黙の春」なら知っているが、「沈黙の羊」?

 映画がヒットしたため日本でも劇場公開が決まり、新潮文庫だったか、ようやく「羊たちの沈黙」という洒落た名前の原作翻訳版が出たため、これを買って読んでやっと筋が分かった。そして、もう一度映画を見て、確かにメアリさんのいうとおり、面白かったのであった。


 アンソニー・ホプキンスが演ずるハンニバル・レクター博士は、精神科医でプロファイリングの天才だが、同時に猟奇的な殺人狂なので、海ほたるのショーグンと同じく、地下の独房に放り込まれている。しかし、FBIも解決困難な事件に手を焼くと、レクター博士の見解を求めざるを得ない。

 かくて捜査官のジョディー・フォスタージュリアン・ムーアが、大変な苦労をするという物語である。「20世紀少年」の前半は波乱万丈の活劇なのだが、後半は国連軍が着目しているように、”ともだち”はもちろん、多くの登場人物の内面を対象にし始めるため、痛快な物語を好む読者にはやや退屈かもしれない。でも私は好きです。次号に続く。


(この稿おわり)



新宿区にもジジババの店が。(2012年1月11日撮影)