おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

コイズミの挑戦と生還   (20世紀少年 第257回)

 ともだちランドのバーチャル・アトラクション(VA)は、いずれまた第14巻以降にも何度か出てくるので、しっかり確認したいのだが、不自然に思うことがある。VA内の様子が、操作する側には、ほとんど分からない様子なのだ。研修にしろ洗脳にしろ、送り込んだ目的からすると不備ではなかろうか。

 もっとも、ともだちランドのオペレーターが操作している場面はなく、ヨシツネ隊であったり国連軍であったり、不慣れな連中が苦心しているシーンばかりだから断言できないのだが、第14巻では、現実世界に残された身体の脈拍や血圧などのバイオデータは分かっても、あるいは、時々その口から言葉が漏れたりしても、基本的に中で誰が何をしているのか把握できていない。


 第9話の第2話「悪夢」は、忍者ハットリくんのお面に向かって、コイズミが「あなた、”ともだち”でしょ?」と迫る場面から始まる。そして、「2000年の大みそかに細菌テロを起こして世界中を恐怖におとしいれた。そのテロをすべてケンヂ一派の仕業に仕立て上げて、自分はそれを倒した正義の味方みたいなふりして、のうのうと世界中から崇めたてまつられている...あなた、”ともだち”でしょ。」と挑戦状をたたきつけている。

 もしも、ともだちランドの研修当局がこんな会話を聴いていたなら、即刻、VAは中断のうえ、軽くて「ワールド送り」、下手をすれば「絶交」ではなかろうか。知るべきではないことを知っているうえに、見事、敵対的である。だが、コイズミは結局、無事に自宅や高校に戻っているのだ。やはり、この会話は傍受されなかったと考えるほかない。

 もっとも、第10巻で明らかになるが、コイズミのVA内での行動を、サダキヨはある程度、知っていた。VAは所詮ゲームと同様コンピュータ内での出来事なのだから、システム・ログとやらを解析すれば、あとから何が起きたかは全て分かるはずなのだ。生還後のコイズミは「泳がされた」のだろうか...?


 さて、相手の忍者ハットリくんは余裕しゃくしゃく、「よく、ここまでたどり着いたね。ヴァーチャルアトラクションのボーナスステージ。」と感心している。VAは単なる過去の再現ではないことが、ここで明白になる。コイズミは「お面とりなさいよ」と近づいていく。ナショナルキッドが「そいつの顔、見ちゃだめだよ。僕、殺されちゃう」と言う。

 コイズミが「そいつ」の顔をみたら大阪万博の嘘をついているのが誰なのか分かってしまうという意味であれば、確かに、前夜の首吊り坂の屋敷で脅迫された「しゃべったら殺す」と同じような結果になるのを恐れても仕方あるまい。しかし、ナショナルキッドはコイズミに一喝されて黙ってしまう。もろい。


 コイズミが実力行使に出て、お面をはぎ取ろうとするのを、ヨシツネ少年が腕を引っ張りながら、しきりに「見ちゃだめ」と止めるため、コイズミと揉み合いになるのだが、忍者ハットリくんは「顔を見せたら、ともだちになってくれる?」と言って、お面を外した。コイズミはその顔を見て絶叫する。

 「友達になってくれる?」とは、秘密基地でサダキヨがフクベエに語った言葉だった。ここでも、あくまで”ともだち”は「サダキヨ的」なのである。ところで、このセリフは、VAの中でのことだが、「21世紀少年」の最後に、投身自殺を思いとどまったナショナルキッドが、ケンヂにかけた言葉でもある。ただし、後者においては、”ともだち”と平仮名で表記されているのが奇妙な感じ。

 コイズミ絶叫の直前か同時か、現実世界ではヨシツネ隊長が、ついに強制終了のアイコンをクリックしている。ボーナストラックは停電した。他の二人は自殺、「脳内メモリー」に異変が生じたか。高須は誰かが強制終了させたことに気が付いている(左手の指先で何をしているのだろう?)。しかし、高須は最後まで、ヨシツネの正体や隊の動向に気付いた気配がない。後々の展開を考えると、致命的に迂闊だったと言うべきであろう。


 レレレのヨシツネが部屋の掃除に入ると、茫然自失状態のコイズミがベッドで横になっていた。コイズミが強制終了で戻ったのか、絶叫で戻ったのかは分からない。相手がヨシツネかどうかさえ判断しかねるほどに衰弱しているコイズミだが、後悔しきりのヨシツネに向かって、「あなた、必死に助けようとしてくれた気がする」と言っている。これが、コイズミの良いところだ。

 これまで私はうかつにも、首吊り坂で”ともだち”の顔を見ようとした彼女を、ヨシツネ少年がはっしと止めたときのことを言っているのだと思っていた。だが、その時の彼女は「助けようとしてくれた」と思えるような状況ではないはずだ。調査の邪魔されただけだと思ったろう。


 そうではなくて、屋上で、お面の下の「この世のものとは思えない、恐ろしい何か」を見てしまうのを、ヨシツネ少年が一所懸命、防ごうとしてくれたときのことを語っていたのだった。ヨシツネは、これを聞いて、「子供の時の僕...」と呟いている。なお、後にまた、ヨシツネにとって「子供の時の僕」が意味を持つときが来る。

 これでコイズミの冒険の第一話は終わりである。ヨシツネは、VAの小学校の屋上でコイズミを助けようとしてくれたが、やがて現実の世界でも、別の建物の屋上にいるコイズミを助けに来てくれるときがくる。コイズミも、「すべて忘れろ」と言われても、また思い出さねばならない。でもまだ先のことだから、二人とも、ゆっくり休養すればよい。


(この稿おわり)



谷中のお地蔵さま(2012年1月15日撮影)