おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

フクベエとサダキヨの会話 (20世紀少年 第254回)

 第8巻の204ページは、バーチャル・アトラクション(VA)の中で、テルテル坊主に隠れた二人がヒソヒソ話をしているのを、コイズミが不審そうに様子を伺っており、後から来たヨシツネ少年がそれに気づくシーンである。ヒソヒソ話中の二人のうち、一人は転入生で上履きの色が違うため、ヨシツネはサダキヨであると知る。

 会話中のもう一人は、そのサダキヨが翌日の屋上で、”ともだち”と呼んだだけで、この時点では顔も名前も出てこない。”ともだち”の正体は第8巻の段階では、まだ極秘事項なので当然です。前回書いたように、このときの言葉の応酬と、第16巻の実際にあった会話を比べてみよう。第8巻のVAは以下のとおり。


  フクベエ: おまえ、なんでこんなことしたんだよ。
  相手:   うるさいな、なんだっていいだろ。
  フクベエ: いいか、このこと絶対にしゃべるなよ。
         もし、しゃべったら、もう友達じゃないからな。
  相手:   わかってるよ。言わないけどさ...。
  フクベエ: もし、しゃべったら、もし、
         このことしゃべったら...殺すぞ。


 第16巻では、こうなっている。

  フクベエ: サダキヨ。こっち来い! お前のせいだからな!
  サダキヨ: ごめんよ、ごめんよ、僕...。
  (中略)
  フクベエ: おまえ、何でこんなことしたんだって聞かれたら、
         うるさいな、何だっていいだろと答えるんだ。
         それ以外、一言も言うな。
         いいか、このことは絶対にしゃべるなよ。
         もし、しゃべったら、もう友達じゃないからな。
         もし、しゃべったら、殺すぞ。


 後者の一方的なやり取りは、第18巻ほかのフクベエとサダキヨの少年時代の「上下関係」の様子と比べて違和感がない。大人になってから、ある段階までのサダキヨの「従順」な態度と照らし合わせても同様である。第16巻の会話(というより、恫喝か)のほうが、やはり実際にあったものとして自然な感じがする。

 これと比較して、第8巻のVA内のサダキヨは、結構、がんばって言い返している。さらに、このあとのシーンで、忍者ハットリ君のお面をつけた少年を前にして、サダキヨはコイズミに「そいつの顔」とも言っている。これ以外の場面では、サダキヨはフクベエに対して、「おまえ」とか「そいつ」とかいった言葉遣いは、全くできていない。

 正確には、ヨシツネ少年がサダキヨだと主張しているだけで、ナショナルキッドのお面をつけているから顔は分からないのだが、ともあれ、第8巻の「サダキヨらしき少年」は、フクベエに対し至って威勢が良いのだ。もちろん最終的には折れているし、殺されちゃうとも言っているが、一方的に押さえつけられているのではない。なぜ、VAではこうなっているのだろう。


 VAには、”ともだち”の嘘があることを読者は知っている。当然ながら、”ともだち”にとって都合の良い嘘であろう。特に、フクベエが生きている第8巻の時代においては、フクベエ少年に不利な嘘を、うそつきのフクベエがつく訳がないと思う。

 おまけに、コイズミのVAは研修のトップクラスを取り込むためのものだから、少年時代の”ともだち”は、”ともだち”好きにとって、魅力的でなければ困る。VAの会話における「嘘」は、この目的・必要性に沿ったものだろうか。まず、コイズミが偶然ここに来たかのかどうかを考えてみる。


 彼女と同時にVAに送り込まれた二人がどこに行ったのかは分からない。少年時代かどうかさえ分からない。ただし、以前、ヨシツネに攻略法を伝授された少年も、「くびつりざか」に行っているのだから、少なくとも定番コースの一つと考えてよかろう。

 それに、VAの操作や監視を行っているオペレーターが、コイズミのいるステージや座標を把握していないはずはなかろう。万一とんでもないものを見られる可能性があるとしたら、排除しなければならない。

 でも、コイズミも少年も首吊り坂にたどり着き、生還している。二人とも、行くべくして行ったのだ。研修なのだから、コイズミはスカートのすそを引かれて以降、ここまで導かれて、見学させられていると考えたほうが自然だと思う。

 
 したがって、テルテル坊主に隠れた二人の会話は、聞かれては困るはずのものではない。そもそも研修生には、”ともだち”かどうかも分からない。コイズミは覗いて顔を見ようとするが、ヨシツネ少年に止められている。「オバちゃん、のぞきが趣味?」という質問が秀逸。このヨシツネも所詮はVAのヨシツネなのだから、研修生がのぞくのを邪魔する役柄を割り当てられている可能性がある。

 こんなことばかり考えていると、何だかVAは嘘で固めた虚構の世界に思えてきてしまうのだが、それもまた考えものだな。疑いすぎると第14巻でヨシツネとカンナがVA内の主役になる二話の短編ファンタジーの趣を損なうし、「21世紀少年」はVAの世界が中心になっているのだから、むやみに軽視するわけにもいかない。

 第8巻のVAでフクベエが脅していた相手は、結局、私には誰だか分からない。サダキヨらしくないというだけだ。これでようやく第8巻の終わり。


(この稿もおわり)


サザンカサザンカ咲いた道(2011年1月12日撮影)