おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

醤油工場の跡地にて    (20世紀少年 第248回)

 コイズミが4人の少年に、アイスの外れクジで、もて遊ばれていたとき、4年生のトモコの弟がきて、火事で焼けた醤油工場の跡地に間違って打ち込んでしまった野球のボールを取ってくれと頼みに来た。「平和を守るためなら何でもできる?」とは、小学生とは思えない巧妙な誘導尋問だな。

 これに対して、用事の中身も聞かずに「あったりまえだ」と請け負うケンヂは、「用件を訊こう」と言わずにはいられないゴルゴ13と比べて、確かに正義の味方かもしれない。しかし、はたして難題であった。立ち退きたくない工場の主(あるじ)が、凶暴な野犬を敷地内に放し飼いにしているため、容易に立ち入れないのである。


 弟が取り戻したがっているのは、長嶋選手のサイン入りボールと言うから、他のボールを買い直せばよいという問題ではない。さすがのナガシマも、でこぼこディンプル加工の軟球にサインするのは大変だったろうし、その労にも報いなければ野球少年たちの名折れであろう。

 かくて、詳細は省くが、例によって作戦はオッチョが立て、実行させられたのはケンヂであった。映画「大脱走」で脱出用トンネルの延長の計測にミスがあったのと同様、オッチョの計画も今回は疎漏であったが、出入り口を解放するというコイズミ尽力の甲斐あって、少年たちはからくも脱出し、ボールを取り返すという目的も無事、果たした。


 ところで、このエピソード自体は、このあとのVAはもちろん、物語全体に何の関係もないようにみえる。トモコも弟も工場主も長嶋選手自身ももちろん、二度と再び登場しない。そんな場面がなぜあるのかといえば、自然に考えれば、実際に1970年8月28日、この出来事がケンヂたちの街で起きて、そのまま再現されているのだろう。

 現実の出来事はコイズミの助力抜きだから、どういう結果になったかの分からないが、それより、子供らを追い出そうとして家から出てきた主の「ジジイ」の安否が気遣われる。どうやら愚かにも飼い馴らしておかなかったらしく、犬に襲われていたのだ。ケンヂとマルオがその後を心配しており、オッチョはちょっと不安げに「だ、大丈夫だろう」と自らを説得するように応えている。


 「21世紀少年」の上巻に、山根が「醤油工場の跡地」にネズミがいっぱいいるので、実験に使おうとフクベエに語りかけているシーンがある。軟式ボールと首吊り坂の1970年8月28日は、この山根とフクベエの会話があったころと同じ年の夏で間違いない。前後関係は不明。後者は、サダキヨがもう一人のナショナル・キッドに転校の話をした日と同じはずなので、夏休みも終わりに近いかな?

 年代がはっきりしている別の出来事として、VAの中のこととはいえ、第13巻にも醤油工場の跡地が出てくる。ここに侵入した(というより、他のステージから飛ばされてきたらしい)ヨシツネは、自分が横たわっている草っぱらが、銭湯「松の湯」の煙突が見えることなどから、醤油工場の跡地であることに気付く。


 気付いたのは大人のヨシツネだから、彼の思い違いの可能性はゼロではないにしても、少なくともVAの嘘ではないだろう。草ぼうぼうの工場跡地では、当初の秘密基地が神様のせいでメンバーが追い出されて枯れて壊れてしまったので、小学校6年生のヨシツネが建設地を替えて再建中であった。

 ボーリング場の建設開始後で、ヨシツネが6年生とくれば、これは1971年のことである。軟式ボール事件の翌年には、もはや獰猛な野犬も、心の狭い主も工場敷地から消え、その土地は夏にして草木深し。主は本当に大丈夫だったのだろうか。いや、たぶん、飼い犬に手を噛まれたと思う。それも、人命にかかわるほどに。


(この稿おわり)



冬に咲くブーゲンビリアと黒猫というシュールな組み合わせ。
いや、ブーゲンビリアではないかな...?
(2012年1月11日撮影)