おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

コイズミ     (20世紀少年 第226回)

 待ってました。小泉響子。ようやく彼女に辿り着きました。コイズミは、この長編漫画の道化役である。だが、それだけではない。彼女はバーチャル・リアリティー場面のヒロインでもあり、謎解きの道案内でもある。それにコイズミは神様、ヨシツネ、サダキヨといった性格に偏りのある中高年とのコンビネーションが実に良い。

 カンナが単独行に傾きがちなのに比べて、コイズミは殆どいつも周囲に翻弄され、巻き込まれ、迷惑を被ってばかりいる。とはいえ、カンナの言動がときどき空回りするのに対し、コイズミの周囲は、彼女に救いや希望を求めるがごとく集まってきて、時には彼女に、とても良い言葉をかけてもらったりする。常に緊張にさらされているカンナの表情や言葉遣いは堅いが、そのカンナもコイズミに対しては若い娘らしい溌剌さを取り戻すことがある。


 小泉響子の初登場は、第7巻の第5話、タイトルはその名も「コイズミ」。最初に「都立新大久保高等学校」というカンナの高校の看板が出てくる。二人は同学年の別クラスに在籍しているのだ。先生が日本史の自由研究について、テーマを選ぶよう宿題にした結果を、生徒に尋ねている。

 五十音順らしい。井上は宮本武蔵、江川は日露戦争の帝国海軍の秋山参謀、岡野は安倍晴明を選んで、先生の許可と指導を得ている。この連載当時かその少し前に、「バガボンド」と「陰陽師」が流行っているから、それを受けての選択か。秋山参謀の由来はよく分からないが、私の手元にある「坂の上の雲」の文春文庫新装版は1999年に第1刷発行だから、浦沢さんはそれをお読みかな。


 4人目に名を呼ばれた小泉は、遅刻して机の下を移動中であった。教師の質問が理解できず、隣の女子が「自由研究」と教えてくれるのだが、この娘は第13巻で彼氏を殺され、自らも危うく命を落とす破目になるトモコさんだ。小泉の返答が振るっている。ヒトラー。先生に「ヒトラーのどこが、日本史だ」と叱られている。これからも、ずっとこんな調子なのだ。

 ただし、このとき、ヒトラーを撤回して選んだのは、物騒にも2000年血の大みそかのテロ集団、ケンヂ一派の首謀者、遠藤ケンヂであった。先生は「適当にページひらいたろ」と呆れているのだが、後の展開により、そうではなくて、実際に彼女が「前からおかしい」と思っていた事柄だったのだ。これを選んだのは彼女の運命だった。


 コイズミが前からおかしいと思っていたのは、教科書にも載るくらい有名な、血の大みそかの夜に撮影されたケンヂ一派の後ろ姿の写真であった。これがおかしいとユキジやヨシツネが気付くのは、もっとずっと後のことだ。もっとも、おかしいと感じた箇所は異なり、コイズミの問題意識は、巨大ロボットが細菌をばらまいているのに、こんな近くにいたら危ないというものだった。正しい。鋭い。

 先生は相手をするのも面倒とばかり放任した。これでテーマは決まり。コイズミは、ザ・エロイムエッサイムズとかいう悪魔系(?)のバンドの追っかけに忙しくて、遅刻欠席を繰り返してきたようなのだが、今回の自由研究は締切が来週月曜日で、これを落とすと落第かもしれないと親友トモコに警告されてしまう。


 しかも、トモコさんからは別の物騒な話も聞かされた。血の大みそかが話題になるとき、ケンヂを悪く言う者がいると、当たり構わず暴動を起こす女子生徒が隣のクラスにいるという。悪魔のテロリストなどというレポートを書いたら身の危険が迫るであろう。

 しかし、落第は困る。その遠藤カンナという生徒のことは、とりあえず横に措いて、コイズミは自由研究の調査を開始する。その行く先に幾多の苦難が待ちかまえているとも知らず、彼女は後戻りできない旅に出た。それはそうと、映画で小泉響子を演じた女優さん、名前は存じ上げないが、この役のために生まれ育ったかのようでした。


(この稿おわり)


なぜか魚屋さんの店先にボーリングの球二つ。
もののけ姫」の「こだま」のようだ。
神様とコイズミの出会いも間近。
(2011年11月20日撮影)