おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

滅多なことでは死なない奴ら    (20世紀少年 第207回)

 近距離からショット・ガンで撃たれ、気の毒にブリトニーさんは即死であったろう。蝶野刑事は幾つかの運に恵まれて助かった。前回触れたように、犯人と彼の間にブリトニーさんがいたこと。散弾だったので、ブリトニーさんの体を貫通しなかったこと。もっと遠い距離から撃たれたら、散弾が拡散して彼の顔や頭にも当たったおそれがあったこと。

 それより何より、ギリギリセーフでカンナが戻ってきたことだ。だが、カンナが間に合ったのは、彼女がスニーカーを履いて日ごろ走り慣れている様子だからだけではなく、鼻ホクロの巡査には、狙撃手として致命的な欠点があるからだ。すなわち、照準が定まったら即座に撃たなければならないのに、サディスティックに相手の恐怖を楽しんでいる。


 だいたい、この男は警察官にして殺人者のくせに、映画「ダイハード」を観ていなかったのだろうか。シリーズ第一作で、ジョン・マクレイン刑事は西ドイツ(時代を感じますな)のテロリストの一人に、テーブルの隅にまで追い込まれてしまう。ところが、その相手は撃つ前に「ざまみろ」という感じでお喋りなどしている間に、敵の居場所を察知した刑事に、テーブルの下から撃ち殺されてしまう。

 せっかくブルース・ウィリスほどの人の教訓がありながら、鼻ホクロは銃を構えてから撃つのがあまりに遅い。このため、中国人が死ぬ間際に語った「ローマ」、「朋友」をブリトニーさんに聞かれてしまうし、今回はカンナに中華鍋で引っ叩かれて、蝶野刑事の「絶交」に失敗。最後は教会でカンナとオッチョを仕留め損ねた挙句に、自ら命を落としてしまうことになる。


 カンナも判断を誤った。最初の一撃で相手を倒した後、蝶野刑事に「早く銃を」と引き継ぎをしてしまうのだが、目の前の敵が散弾銃に手を伸ばしつつあるのだから、ここは離れた距離のピストルを当てにするよりも、もう一度、鍋で相手を叩きのめすべきであった。未成年、実戦経験が足りなかったか。

 蝶野刑事はさらに困ったもので、警察大学校で教わった通りなのか、装弾、安全装置、照準と、いちいち言葉に出しながら支度をしているようでは、相手に逃げてくださいと頼んでいるようなものだ。果たして弾は当たらず、逃げられてしまった。マライアさんはブリトニーさんを抱きかかえて、「何を死んだふりなんかしているのよ」と言いながら、その体を揺り動かしているのだが、息を吹き返すことはなかった。せめて女のままで死ねたのが救いか。


 やむなく3人は、ブリトニーさんのヒゲをそり、お顔を整えるのが精いっぱいで、亡骸はそのままに中国マフィアの縄張りに逃げ込んでいる。蝶野刑事はマライアさんの死と、警察官が自分を殺そうとしたという二重の衝撃を受け、しかも、彼はヤマちゃんおじさんに疑惑を抱き始めている。傷心の刑事は頭を抱え込み、涙を流している。

 崩れ落ちそうになる人々の勇気を支えたのは、ここでもまたケンヂの言葉の力であった。自らをも励ますかのように、カンナは刑事に語っている。「あたしのおじちゃんは逃げることは恥ずかしいことじゃないって言ってた。でも絶対に逃げたりしなかった」。


 ちょうど、そのころ、海ほたる刑務所のカンナトンネル内で、スプーン一本で隧道開削工事に従事していたショーグンが、角田氏に向かって「俺の人生に、偶然はなかった」と語りかけている。

 彼の前にカンナに危険が迫っているという情報を携えた角田氏が現れたことに対して、ショーグンは運命と天機を感じとっているのである。最後の希望を救うのは俺しかいない。いつもながら有言実行、不老不死、Die Harder のショーグンであった。


(この稿おわり)



上手く撮れなかった皆既月蝕(2011年12月10日、夜の池袋)