前回の「アルカトラズからの脱出」は、今回の本題が始まる前に脱線するという妙な具合になった。海ほたるは、東京湾に浮かぶ現存施設の名称である。刑務所長の甘粕屋は、かつて「観光地」であったと語っているが、本当にそうなのか?
房総半島に釣りに行く途中で、一回だけバスから下車して歩いたことがある。関係者やファンには気の毒だが、わざわざ観光に行こうという気は起きない場所であった。
少なくとも私には単なるパーキング・エリアに過ぎない。それも、ここに作る必然性はあるまい。便利にはなったのだろうが、典型的な公共事業による自然破壊であろう。私たちの世代は、こういうふうにして日本中の景観を損ねて金儲けしてきた。
少し悪口が過ぎて後味が良くないな。物語に戻ろう。この施設は、2000年12月31日の夜に、爆破テロの標的にされてしまい、川崎側のトンネルも、木更津側の橋梁も破壊されてしまった(ショーグンは、「東京まで10キロ」と言っているが、東京湾アクアラインは神奈川県から海ほたるに延びている)。
そして21世紀には、アルカトラズ風の孤島刑務所になった。所長によれば、懲役80年以上の受刑者のみが送られるのだという。今の日本の刑事法に、懲役80年などないはずだが、いつの間に友民党らは法改正をしたのであろうか。
しかも、漫画家角田は、ウジコウジオの会話や、本人がショーグンに説明している内容からすると刑事法違反ではなく、条例違反に過ぎないようだから、すると東京都か新宿区あたりで、そんな過酷な刑罰が定められたのか。
根拠法はともかく、角田氏は本人が語るところによると「漫画を描いただけ」である。その粗筋は、彼がショーグンに解説している。すなわち、世界征服をたくらむ男を倒すために正義の味方が現れ、命がけで地球の平和を守ったのだが、実はその正義の味方こそが、地球を滅ぼそうとした張本人」だったという趣旨である。これにはショーグンも苦笑いだ。
このアイデアは出版社に持ち込んだが、編集者にボツにされ、仕方なくインターネットに流したところ大反響となって、条例に引っ掛かった。これだけで実質的に終身刑とは、言論統制というより、政治犯だな。
ちなみに、フーコー「精神疾患とパーソナリティー」の解説において、訳者でもある中山元は、ソ連では共産主義を否定する者は刑務所ではなく精神病院に放り込まれたと書いている。ある種のイデオロギーは、反対者を「判断能力なし」にしてしまうのだ。
受刑者には背番号が与えられている。角田氏は1498番。ムショは創業14年だから年間100人前後も送りこまれているのだ。相部屋の受刑者から「いいじゃねんか、バーゲンセールみたいでよ」と言われている。
この種の「2円引き商法」が流行り出してから、財布が1円玉で重くなり、消費財導入がそれに拍車をかけた。ともあれ、獄中では名前を呼ばれないから、番号が貴重品らしい。ちなみに相棒は1342番で「縁起が悪い」と嘆いている。
私が三重県で働いていたころ、オフィスの内線電話が全面的に変更になったことがある。隣の先輩が41番で、私は43番だった。総務の管理職が、わざわざ説明にきてくれたのを覚えている。「死に番」は縁起が悪いから跳ばしたとのことであった。ありがたい配慮である。今でもこういう作法を守っているのは、パチンコ屋さんぐらいであろうか。
(この稿おわり)
熱海の海岸の晩秋。ヒマラヤザクラ。(2011年11月25日撮影)