おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ケンヂと”ともだち”の対話     (第182回)

 第8巻の38ページ目、運転席前のモニターが自動的に稼働し、画面に忍者ハットリくんのお面をつけた男が映り、映画のCMですっかりお馴染みになった「ケンジ君、遊びましょー」という間延びした声が聞こえてきた。ちなみに、私たちも子供の時分には、これと全く同じ口調で、近所の子を遊びに誘いにいったものだ。遠い遠い昔のこと。

 ケンヂは「さっき、ビルから落ちたのは、あれはやっぱりにせもの...」と、しばし呆然としてから目が覚めて、「出てこい。いつもこそこそしやがって! 堂々と俺の前に出てこい!」と叫んでいるのだが、しかし、ともだちコンサートのときも堂々と出てきたし、今回も目の前に居たのであった。


 40ページ目と41ページ目を見開きで使って描かれている”巨大ロボット”と、偽の太陽の塔モニュメントが対峙する姿はこの作品の圧巻の一つである。巨大ロボットはすでに29ページ目で新宿ルミネの前を通過しているので、この場所は都庁近くの高層ビル街あたりだろう。このモニュメントは、トレーラーで運んできたようである。

 ハットリくんのお面の男は、通せんぼをするかのように両腕を広げているモニュメントの、その右腕の上に立っていた。相手は早く逃げないと爆発しちゃうよと親切にもアドバイスしているのだが、ケンヂの怒りは収まらない。「そんなお面かぶらなきゃ、どこにも出られない臆病者だ」、「そんなもん、かぶってっから現実が見えないんだ」と手厳しい。


 第1巻から第2巻にかけて、”ともだち”はお面なしでも出ているのだが、ケンヂは知らないから仕方がないな。それはそうと、お面をかぶっていることと、臆病であること、現実が見えないこと、これらの関係は簡単に整理していい問題ではない感じがする。それは、今後の展開において出てくる少年時代の場面場面で考えよう。

 この時点で、むしろ問題なのは、それに続くケンヂの発言内容ではなかろうか。「そのお面も、その塔も、俺達の子供の頃の思い出だ!! おまえみたいなクズに使われたくない!! お前なんかに使う資格はない!!」と怒髪天を衝く有り様である。


 「その塔」は、このあとで出てくる大阪万博太陽の塔だから、これは良く分かる。しかし、「そのお面」も、子供の頃の思い出とは、どういうことであろうか。この時点までに出てきたケンヂが想起する子供時代の思い出の中で、お面をかぶっていたはずの子は、サダキヨだけである。相手はサダキヨだと信じているのだろうか。

 この時点でサダキヨは、生きているのか死んでいるのかも分からないし、ビルから落ちたのが「にせもの」との理解に立てば、塔の上の男がサダキヨかどうかは分からない。そして、言葉通り受け止めれば、ケンヂにとってお面は、太陽の塔と同じく、良い思い出なのだ。この意味するところは、これまでの文脈では理解できない。

 したがって、今後お面が出て来るたびごとに、このケンヂの発言の趣旨を考えてみようと思う。とりあえず、この場面では、ケンヂがいくら罵ろうと相手は「相変わらず面白いね、ケンヂ君は」というばかりで、てんで意に介しない。そして、その意図は不明であるが、ハットリくんのお面を外した。それはケンヂの知った顔だったが、読者はまだ教えてもらえない。

 
 オッチョやカンナが、いくらトランシーバーで呼び掛けても返答がない。ヨシツネが駆け付けようとしているが、まだ時間はかかりそうだ。ユキジはモンちゃんに羽交い絞めにされて身動きが取れない(ユキジなら、モンちゃんの一人や二人、容易に投げ飛ばすことができるだろうに)。

 大爆発が起きた。後にカンナが語ったところによれば、埋め立てが必要なほどの大規模な爆発であったようだ。マルオの眉間の怪我も、オッチョともあろうものが逮捕・監禁されたのも、大怪我か爆風で意識を失ったか。”ともだち”が無事だったのは、3分の直前に鉄仮面の背後にでも隠れたのだろうか。


 しかし、ついにケンヂが、いかに生き延び得たのか、私には分からない。映画には出てきたような覚えがあるが、率直に行って印象に残っていない。せっかくの本格科学冒険漫画なのだから、ケンヂの脱出劇も描いてほしかったなと感じつつ、かえってリアリティを損ねないためには、何も触れないのも良策なのかなとも思う。

 ここで、このブログは第5巻に戻る。116ページ目から、第1巻冒頭の国連表彰のシーンのリフレインがあり、誰だかわからないが最悪の事態から地球を救ったことが判明する。第7話は「さいかい」。時は2014年、場所は東京都新宿区。ソニーウォークマンのようなポータブル・カセット・レコーダーを聴きながら、17歳の遠藤カンナが登場する。


(この稿おわり)



近所のミカン。(2011年11月17日撮影)