おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

タイムズ・スクエア     (20世紀少年 第166回)

 第7巻の150ページ。友民党のモニターにケンヂが写っている。オッチョがトランシーバーでケンヂに、エンパイア・ステートビルのような形の建物が真横に見える場所で、妙な動きをしている男が居ると連絡する。彼らが携帯電話ではなく無線機を使っているのは、散開したときに備えて全員で会話できるようにしたためだろう。

 第5巻の203ページから204ページにかけて、ユキジと言い争いになった女子高生のカンナは、育ててくれた相手に「ユキジおばちゃん、昔はもっとかっこよかった」という暴言を吐いている。この「昔」が何時ごろなのかは分からないが、少なくとも2000年の大みそか、3歳のカンナはユキジの活躍ぶりを神様たちと一緒に無線機で聴いていたのだ。


 ケンヂは新宿センタービルの屋上に居た。ヨシツネとフクベエは手分けして、他のビルを調べているらしい。センタービルは西口の一等地、フクベエは南口だから、ヨシツネは東口か。ケンヂは新宿駅を時計と逆回りに迂回して、太陽にほえろの若手刑事のように新宿の街を走る。

 行く先は絵に描かれているように、タイムズ・スクエアである。高島屋紀伊国屋などが入っている。私も今月、行ったばかりだが、このあたりは新宿周辺でも都市開発が遅れたほうで、この物語の時代はタイムズ・スクエアも、エンパイア・ステートビルに似た建物も、竣工したばかりであった。


 なぜ、そんなに詳しいかというと、151ページの下段に描いてあるビルに入っていた組織の中で、そのころ働いていたからである。もっとも、血の大みそかの夜はプノンペンで飲んでいたが。それにしても、アメリカ人が見たら、タイムズ・スクエアだの、エンパイア・ステートビルだの、ここにもあるのかと驚くのだろうな。

 大晦日といえば、本家ニューヨークのタイムズ・スクエアでは、おなじみ新年に向けたカウント・ダウンで大騒ぎになるのだが、この日の新宿はそれどころではない騒動になっていた。ケンヂが慌てて走る様子がモニターに映る。それを見て友民党の連中がまた大笑いするのだが、モンちゃんが怒った。

 「笑うな」と、モンちゃんは彼らにコルト・トルーパーを突きつけて叫ぶ。「必死で地球の平和を守ろうとしているあの男を笑うな」。傍らにいたユキジは、ここにも必死で地球の平和を守ろうとしている男をみた。


 カンナに「ユキジおばちゃん、昔はもっとかっこよかった」と言われたユキジは、しかし小娘に目もくれず、カンナが迷惑をかけた隣室の漫画家二人にお詫びに行く。カンナが口を出して言い争いになり、漫画家たちに「素人には分かるまい、読んでみろ」と叱られて、ユキジは二人のラブコメ作品に目を通す。

 ユキジの感想は、断罪とも呼ぶべき厳しいものであった。「お二人の熱い志が伝わってまいりません」と酷評して漫画家とカンナを驚倒させ、しかる後に、「荒唐無稽なようでも、私が見たいのは、地球の平和を守るような男のドラマです」と言い放って立ち去る。カンナには、まだ人を見る目が育っていなかったのだ。

 このとき、ユキジの脳裏にあったのは、あの日、一緒に戦った男たちの雄姿だったであろう。もちろんケンヂの追憶が何より強かったろうが、それに加えて、このときのモンちゃんの姿も、その胸中を去来したに違いない。せっかく一緒に生き延びたのに、モンちゃんは病床を抜け出し、地球の平和のために死んだ。

 さて、ケンヂのあとを追おう。


(この稿おわり)



日本版タイムズ・スクエア(2011年7月25日撮影)