おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

国会議事堂     (20世紀少年 第147回)

 子供のころ、私の実家では磯野家のような丸いテーブルで食事をしていた。祖父母と両親、長男(私)と長女(妹)の三世代6人家族で、朝7時のNHKのニュースを見ながら朝飯を、夜7時のNHKのニュースを見ながら晩飯をいただく。

 この食習慣は1970年、私が小学校5年生のとき新居に引越すまで続いた。このため、1960年代に起きた政治や軍事の大事件は、その後の年代よりも、むしろ鮮明に詳しく覚えている。

 ロバート・ケネディの暗殺、メキシコ・オリンピック、ソ連チェコスロバキア侵攻、中東戦争イスラエルの圧勝、周恩来ホーチミンの姿。


 国内のニュースで良く覚えているのは、一学年上(つまりケンヂ達と同学年)の現皇太子を含む皇室報道が多かったことや、佐藤栄作首相時代の政治のニュースなど。

 国会議事堂の映像も、よく映った。そのたびに、蝉の腹に似ていると思ったものだ。子供のころの私の一番の楽しみは、セミ採りであった。セミのお腹は、国会議事堂の上部構造と同じように、幾重もの段になっている。


 大学を出て働き始めたとき、週末わざわざ国会議事堂の見物に行った。おのぼりさんそのもので、千代田線の国会議事堂駅を降りたところ、見渡す限り、下車した客は私一人であった。幾ら週末とはいえ、淋しい駅だと思った。

 この駅は、第5巻の120ページに「元国会駅」と名前まで淋しくなって出てくる。21世紀に入って国会はどこかに移転したか、国会そのものがなくなってしまったのかは分からない。元国会は、ともだちが陳情を受ける場になっていて、駅もにぎわっている。


 第5巻第4話のタイトルは「のろし」。よげんの書には「世界めつぼうののろしがあがり」と書かれているが、地名や施設名は描かれておらず、ただし、建築物が爆発されているような絵がある。

 これを見ても、ケンヂは自分が国会議事堂を描いたことを思い出せない。ケンヂは仕方がないとして、オッチョまで思い出さないとは、一体どうしたことか。緊張のあまり、頭が働かないということはあるが。70パージの下段、見張り役のオッチョの背後に、ちゃんと建っているのだが。

 自慢じゃないが、私は最初の読書でこの絵を見たときに、あ、セミの腹だと思った。土壇場になって、オッチョもケンヂも思い出し、同時に神様も夢に見た。しかし、例のごとく例によって手遅れであった。


(この稿おわり)



どんぐり ころころ よろこんで (2011年10月28日撮影)