おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ホームにて     (20世紀少年 第142回)

 私が1983年に社会人となって東京で働き始めたころ、北日本と東京を結ぶ電車の大半は、上野駅で発着していた。上野発の夜行列車は、旅立つ者、帰る者を載せて雪国に向かう。当時、勤めていた職場に東北出身の先輩がいらした。上野駅に行くと故郷を思い出してたまらない気分になるとのことだった。

 そのころ、住いは千葉の松戸にあって、常磐線で都内に通勤していたから、ときどき上野駅の構内を歩いた。まだ東北新幹線が開通する前で、夜に訪れると、ブルートレインが何台も並んでいて、低いエンジン音を地鳴りのように響かせながら発車の準備をしていたものだ。


 中島みゆきの全曲を知っている訳ではないが、知っている範囲の数百曲の中では、最高傑作は「ホームにて」と思っている。三番目のアルバムに入っていた。

 学生時代、下宿のラジオで彼女の「オールナイト・ニッポン」を聴くのが、夜の楽しみの一つだったのだが、ある晩、番組の中でこの曲を流したあとで、みゆきさんはこう言った。「とても、あたしが作った歌とは思えない。うはは」。そんなことないってば。


 第5巻の49ページめ、新幹線のホームにて、涙をこらえたカンナと、その脇に立つお母ちゃんをケンヂが見送る場面がある。東京が危なくなってきたので、ユキジのおじいちゃんの一番弟子、山形の吉田さんのうちに疎開しなければならなくなったのだ。

 「泣くな、カンナ。お前は強い子だ。」とケンヂは語る。カンナは立ち去る際に振り向いて、「ケンヂおじちゃん」と言っただけだった。それがこの第3話のタイトルになっている。彼女は弱い子だから泣いたのではあるまい。


 駅のアナウンスが、「13番ホームから特急やまびこが発車します」と言っている。かつての特急やまびこは、この当時すでに廃線になって新幹線がその名を引き継いでいるが、細かいことだ。ここが東京なら、新幹線は上野駅か東京駅のはずだが、13番ホームはどちらの駅にもないけれど、細かいことだ。

 どうやら始発のようだし、線路の上に空が見えるから東京駅だろう。上野は地下深くだもんね。ケンヂはお母ちゃんにカンナをよろしく頼んだぞと伝える。お母ちゃん、「任しときな。あたしにゃ、もうこの子しかいないんだ。あとはどうしようもないバカ息子だけだからね」。あいかわらず人事評価が厳しい。


 涙をこらえて旅立つカンナを見送って、ケンヂはしばし、上を向いて立っている。涙がこぼれないように、そうしているのだろう。後ろに立っていたユキジが声をかけると、ケンヂは鼻をすすっているから、やっぱり泣いていたのだろうな。このあとのユキジとケンヂの会話は、相変わらずかみ合わず、意地の張り合いで終始している。

 最後にユキジはケンヂに云った。「あたしが、あんたを守ってあげるから。カンナのためにね」。何と素直でない態度であろうか。それはまあ、女と男のことだから良いとして、ユキジは血の大みそかの夜の段階で、この約束を守ることができなかった。その先、彼女は文字通り体を張って、カンナを守り続けることになる。


(この稿おわり)



上野駅のホームにて。被災地行きのMAXやまびこ号。涙の数、ため息の数。
(2011年10月4日撮影)