おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

〇龍ラーメン    (20世紀少年 第141回)

 第5巻第3話のタイトルは「ケンヂおじちゃん」。舞台はラーメン屋で、3歳か、あるいは4歳になったばかりのカンナが、にんにくラーメンを二つ、注文している場面から始まる。ラーメンは、この物語の特に前半において、重要な小道具としての役割を果たしている。

 幼児のくせに「麺かため。メンマ少なめ。ネギ大盛り。チャーシューおまけして。」と注文が多いが、眉毛の濃い、人の良さそうなラーメン屋の親父さんは、「いつものやつだね」と受けている。隣席にはケンヂおじちゃんが、指名手配犯らしく色の濃いサングラスをして、目深に帽子をかぶった姿で座っている。

 野球帽は少年時代のケンヂの愛用品であった。さすがにコンビニ店長時代は帽子をしていないが、地下に潜伏してから地上に出るときは、ウサギ姿か、このような変装であり、パパイヤ天国もこのお姿で来店している。帽子は21世紀に入ってから、カンナに引き継がれることになった。


 カンナ嬢は新聞を読むケンヂに「悪い奴ら、また何か始めた?」と訊いているから、ある程度は状況を知っているわけだ。一人前のラーメンを食える年齢になれば、なぜ自分たちが地下に住んでおり、外を出歩くときはケンヂが人目を気にしなければならないか、知っていなくては困ります。後に「右よし、左よし」と安全確認もしている。

 さて、ケンヂの返事は、「特にニュースはないけど、ジャイアンツが日本一になった」というもの。カンナ「やっぱり、さすがナガシマだね。」、ケンヂ「ああ、さすが長嶋だ」。浦沢さんは長嶋ファンだろうか。後段で、オッチョが漫画家に背番号3を自慢しているし、サダキヨは長嶋選手のサイン入りバットを持っている。


 日本プロ野球セントラル・リーグ公式サイトによれば、2000年(H12)は、確かに、【〔日本シリーズ〕巨人が4勝2敗で福岡ダイエーを破り、6年ぶり19度目 の日本一】とある。残念ながら私にとっては、仕事が多忙であまり野球を楽しめなかったころなのだが、ON対決で話題を呼んだ決戦であった。

 最終戦は10月28日と記録されているので、カウンターでケンヂが読んでいる新聞が当日のものならば、この二人が舌鼓をうっているのは2000年10月29日ということになる。外は落ち葉が舞っていていて、店を出た叔父と姪は、もうすっかり秋だねと言葉を交わしている。あと2か月しかない...。


 この場面でラーメン屋の店の名は出てこないのだが、同じく第5巻の147ページによると、「○龍」であるらしい。「まるりゅう」と読む。気の毒に、いつもチャーシューのおまけをしてくれた親父さんは、血のおおみそかの夜に殺された。

 また、○龍は「一番街商店街」に在ったということも、同じページに出てくる。店を出たあとで、カンナに「今日はどこで歌うの?」と訊かれ、一旦は、誰も聴いてくれないからと応えたケンヂだが、「いい歌なのにね。カンナ全部一緒に歌えるよ」と言われて翻意し、商店街で弾き語りをする。これが一番街であろう。


 店を出たとき二人の影は、地面に長く落ちているから、夕暮れ時であろう。ケンヂが唄い終わったとき、周囲は暗くて店のシャッターもほとんど下りている。ふたを開けて置いてあったギター・ケースに小銭は入っていないが、二人は幸せそうだ。

 血の大みそかの夜、ケンヂが歌ったのも、この一番街商店街であろう。敷石や道幅がそっくりだ。このとき、めずらしくケンヂの歌を評価してくれた二人の若者は、その後バイクに相乗りし、会話の展開からして走り出して間もなく、巨大ロボットに遭遇してしまい、描かれているところでは最初の犠牲者となる。
 

 したがって、おそらく一番街は、巨大ロボットが移動した白山通か靖国通のそばにあったのだろう。そして、○龍も一番街の近くにあったに違いない。だからラーメン屋の親父さんも巻き込まれてしまったのだ。だが、スープは守った。そして、それを引き継いだ弟子は、14年後にこの味を何人かの重要人物に認められることになる。

 私も今日の昼飯は、ラーメンを作って食べました。ネギとニンニクは入っていたが、贅沢はできない身の上なので、チャーシューとメンマは抜き。それでもラーメンは、10月の下旬ともなれば熱くて美味しい。


(この稿おわり)



向島にて。   (2011年10月16日撮影)