おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

辞表を叩きつけるということ    (20世紀少年 第138回)

 サラリーマンなどが登場人物であるドラマにおいて、上司の机の上に辞表を叩きつけるというのは、一種の爽快な風景として描かれることが多いだろう。私事であるが、これを2回、やったことがある。1回目は人事まで届いてから戻され、2回目は人事に届く前に戻された。結局、辞めたのだから、みんなして大変な手間であったことよ。

 これをヨシツネがやった。子供のころの私は今にも増して小心者だったので、自分に一番性格が近い20世紀少年というとヨシツネだと思う。もっとも、ああいう泣き虫ではなかったが。私は泣いたことがない。涙ぐんだことぐらいはあるが、実に一度も声をあげて泣いた記憶が無い。泣いて当然の出来事はたくさんあったのに。何故なのか未だに分からない。


 第5巻の16ページ目、事務機器の「オリコ−商会」がヨシツネの職場らしい。名の由来は、お利口か? 彼はここの営業職だが、部品の発注に際し「4」と「千」を見間違えるなど、適性に若干の疑問がある。それでも、この歳まで頑張ってきた。妻子に去られても頑張ってきたのだ。

 その奥さんからヨシツネに、どうやら実家から戻っても良いという話があったらしい。職場の電話でヨシツネは、「とてもうれしいけれど、もう少しそこにいてほしいんだ」と語っている。娘さんのナナコさんも戻りたがっているという。何と云う間の悪い話であろうか。

 ナナコといえば、セブン・イレブンのポイント・カードを思い出す人が多かろうが、かつて名古屋に本社のある会社で働いていた私としては、名鉄セブン前のナナコ人形が懐かしい。あれは今でも立っているのだろうか。あの両脚の下という妙な場所で、何回か待ち合わせをした覚えがある。皆本ナナコ。弁慶の七つ道具の洒落だろうか。


 物語に戻ろう。ヨシツネは悲惨である。せっかく家族が元に戻らんとしているときに、ケンヂから招集がかかったのだ。しかし、この電話での話し方からして、すでに彼は決意している。だからこそ、横から手を出して電話を切ってしまった意地悪な上司に叩きつけられた辞表も、すでに準備されていたという訳だ。

 「東京を離れろ」と上司や同僚に告げて去りゆくヨシツネは、私のように何度も周囲を煩わせた退職者と異なり、実に颯爽としている。作者も配慮して、眼鏡越しに小さな三角の目を描くことなく、前を向いて歩き出したヨシツネを見送っているではないか。

 
 ヨシツネの家族は、最初から最後まで出てこない。2015年、死んだことになっているヨシツネは、家族もどこかで随分、苦労しているだろうと漏らしている。しかし、マルオの妻子同様、彼らも苦労した甲斐があったと喜ぶ日が来ることだろう。

 続いて、モンちゃんも再び新東京国際空港に降り立った。彼にはもっと深刻な事情があるのだが、それは後に出てくるので、そのときに語ろう。モンちゃんはなぜか「1969年の夏 双子との戦いの日」には出てこない。彼は元ラガーとあって、子供のころも大人になっても立派な体格をしているが、確かに暴力シーンには向かないキャラクターかもしれない。


 さて、もう一人、呼ばれて男がやってきた。呼ばれなかった女もやってきた。季節はわからないが、ケンヂは1997年、モンちゃんたちと子供のころ埋めた缶を掘り出したときに着ていたのと同じ半そでのジャケットを来ている。集合場所は、例の地下の秘密基地だった。


(この稿おわり)


秋と言えば、夕焼け小焼けの赤とんぼ。(2011年10月4日撮影)