おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ファンシー・ショップの閉店 (20世紀少年 第137回)

 第1巻のところでも触れたが、「20世紀少年」の単行本のカバーは、登場人物たちのカラフルな肖像画の背景に、正体不明の不気味な何かが、おどろおどろしく描かれている。第5巻の表紙は例の巨大ロボットだと思っていたのだが、改めて見ると明らかに違う。

 どうやら生き物のようで、何本もタコのように触手がはえており、その一つがバスを絡め取り、そこから乗客がこぼれ落ちている。背後の建物も日本的ではない。あるいは、火星人の襲来か。H.G.ウェルズの原作を、オーソン・ウェルズがラジオで迫真の朗読をしたため、アメリカではパニックが起きた。

 このため、今でもテレビでは、フィクションの中で恐ろしいテレビ・ニュースなどを流すときは、テレビ内のテレビの枠などを映して、誤解が生じないようにしているらしい。そのもとになったタコさん型の火星人と似ている。これが第5巻に選ばれたのは、やはり巨大ロボットと外形や凶暴さが似ているからであろう。色違いだが。


 それはさておき、マルオ家では騒動が持ち上がった。店長が奥さまに無断で、ファンシー・ショップの閉店セールスを始めてしまったからである。マルオは、妻子に実家の福岡に移れという。奥さんは「頭にも脂肪がついちゃったの?」と見事な怒り方をしているのだが、亭主はいつになく真面目である。

 思えばかつてマルオの店は、おそらくケンヂもフクベエもそこでノートや鉛筆を買っていたに違いない文房具屋であった。第22巻の198ページによれば、マルオ文具店の近くの交差点を曲がってしばらく行ったところに、遠藤酒店があった。二人は親の代からの店を、品揃えや商号を変えてまで、時の流れの中で守ってきた。私の世代にしては骨がある。


 しかし、その片方は不条理にも焼かれてしまい、もう片方も風前の灯となった。奥さんには「行かなくちゃならないんだ。ケンヂから連絡があった。」と語る。

 これが逆効果になることくらい分かっていても、嘘を言うべき場合ではないことをマルオは知っている。ついでに5年生になったアツシ君には「博多はとんこつラーメンがうまいぞ!」と釣っているが、これも嘘ではない。

 マルオの奥さんとアツシ君は、これを最後に物語の最後まで登場しない。読者は勝手に想像して良いことになっている。ともだちが滅びて、マルオが国連で表彰されたあと、一家三人は博多で、とんこつラーメンを食ったに違いない。彼らが一緒に暮らしていた東京の街は、いつの日か復旧し、マルオ親子は再び女子高生のアイドルとなるであろう。


 ともだちらしきビデオの男に、早く9人そろえろと脅されてケンヂも必死である。誰でもよいという問題ではない。「よげんの書」が完成し、オッチョ作のマークをあしらった旗ができたとき、彼らは誓った。宇宙人が攻めてきたら、この旗を月面に立てて、正義のために戦うのだと。

 しからば、言いだしっぺのケンヂとしては、緊急時には真っ先に逃げ出しそうなマルオとヨシツネにも声をかけなければならない。それが礼儀というものだし、こんな「子供の遊び」に命を賭してくれる仲間など他に見つかるはずもない。マルオの次は、ヨシツネの番だった。


(この稿おわり)



子供のころ、ウマオイと呼んでいた虫。本名は知らない。(撮影2011年10月4日)