おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

大リーグボール二号 (前半)    (20世紀少年 第132回)

 第4巻の152ページに、これから巨大ロボットを見つけて壊すべく、地下道を歩いているケンヂが、連れのオッチョに「あれ以来、俺はこういうところが大っ嫌いなんだ。何が地下の帝王”ケンヂだ」とぼやいているシーンがある。地下の帝王という称号は、ありがたくも”ともだち”の命名によるもので、レナちゃん経由で下知されたものだ。

 この「地下」の意味が、地下に潜伏するというようなメタファーとして、あるいは、外を出歩けないと小馬鹿にしてのものならともかく、本当にケンヂたちが地下にいることを察知してのことだとしたら恐い。雰囲気的に、知っていて泳がせているような感じもする。すでにフクベエが参加している段階であれば、当然、知っている。

 それにしても、破壊の神を破壊するのが目的であるならば、二人はあまりに軽装である。ケンヂは野球のバットしか持っていないし、オッチョに至っては手ぶらで散歩しているような風情だ。ともあれ、地下が嫌いになった「あれ以来」の事件には、野球が関係している。浦沢漫画では、柔道以外のスポーツ・シーンは珍しいので貴重品です。


 第4巻の第11話の題は「闇の奥」。これは掛け言葉になっていて、二重の意味がある。まず最初に出てくる闇の奥の話は子供時代。年号の記載がないが、このエピソードの中にグアム島の横井さんの話が出てきており、ネットの諸情報によれば横井さんが見つかったのは1972年1月だから、ケンヂたちは小学校卒業直前である。長袖姿なので冬だろう。

 冬は草も枯れてしまうので、秘密基地は自然消滅してしまうから、いきおい基地遊びはできず野球をやっている訳だ。いや、もうこのころは神様のボーリング場用地から追い出されたあとか。

 当然ピッチャーは目立ちたがりのケンヂ、キャッチャーは体格どおりの適材適所でマルオ、オッチョはすでに醒めた少年になっており、一人外れて漫画らしきものを読んでおり、ということでヨシツネがバッター。


 194ページ目の冒頭で、震える左足を懸命に上げて、ケンヂが「大リーグボールニ号、消える魔球」と叫んで投げている。はたしてボールは消えず、「花形選手」と叫ぶヨシツネに打たれてしまうが、どうやらファウルとなって、「ぽっかり空いた洞窟」に入ってしまう。

 ケンヂは後に、「星くん」とか「矢吹丈」とかいう名前を口にしているので、週刊少年マガジンの愛読者だったのだろう。あのころのマガジンは、「巨人の星」、「あしたのジョー」、「ゲゲゲの鬼太郎」、「天才バカボン」などの歴史的名作が綺羅星のごとく並んでいた。信じがたい豊饒の海であった。ああ、やっぱり俺たちは漫画で育ったなあ。

 もっとも、私は「あしたのジョー」は刺激的すぎてちょっと怖く(殴り合いが怖いのではなく、次々とジョーを襲う試練が恐ろしかったと思う)、「巨人の星」は余りに理屈っぽくて(なんせ、星くんが投げてから花形選手にボールが届くまでの間、登場人物たちの心理描写が延々と続くのだ)、愛読したのは「男おいどん」であった。この作品については、いつの日か稿を改めて語りたい。


 さて、ボールが飛び込んだ洞窟の闇の奥は、噂によると戦時中の防空壕であり、今も脱走兵が住んでいるという。オッチョ少年は戦争なんて大昔の話だぞと鼻で笑って、「どうする、ケンヂ」と友を試しているのだが、ケンヂは横井さんを引き合いに出して怯えている。

 横井庄一さんの出現は、当時の子供の間でも大事件であった。だれもグアム島がどこにあるか知らなかったし、「もはや戦後ではない」と政府まで断言していた時代だったのに、テレビでも漫画でも盛んに取り上げられ、大いに話題を提供してくださったものだ。子供心にも非日常性の魅力を感じたのだろう。長くなったので今日はこれまで。


(この稿おわり)



この花は何というのか。国立国際医療研究センターの敷地にて。
(2011年10月10日撮影)