おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

癒されるとは     (20世紀少年 第38回)

 第1巻の”ともだち”の登場シーンのおさらい。37ページ目で”ともだち”は「素晴らしい言葉」を与える存在として、すでに固定客を得ており、その日は宙に浮いてみせ、すでにともだちマークを使っている。55ページ目、信者らしき男に「あなたは死んでいる」と宣告してから、「私は死にました」と10回言わせた。男には光が見えたらしい。

 次は79ページ目。武道館で「間もなくこの世界は終わりを迎えようとしている」と弁舌を振るう。そして、その次が120ページ目、前回触れた秘密基地とコリンズの話をして泣いている場面。

 こうして”ともだち”は、ケンヂたちの過去とからみながら断片的に出て来るが、このあたりまでは凶暴な集団というより、気色悪い団体という程度の印象にとどまっている。


 仏教の造詣も深い哲学者の梅原猛さんによれば、宗教には神秘主義が不可欠であるという。科学や常識では説明も納得もできないようなことを、疑いもせず信じる態度が無いものに、宗教の救いは訪れない。

 神がアダムとイブを作ったとか、イエスは死んだのに生き返ったとか、56億7千万年後に弥勒菩薩が救済してくれるとかを信じないといけない。この点、後に宗教評論家がチョーさんに語るように、ともだちは宗教団体と言えるような言えないような妙な連中である。

 神とか仏とかイワシの頭などを持ち出すことなく、”ともだち”のお言葉と、宙に浮いたり予言したりできる超能力らしき技に、人が魅かれて集まっているだけの様子である。


 しかし、この集団が単なる自己啓発セミナー的な、甘い言葉に酔いしれて悦ぶ連中ではないことは、第6話「月に立つ旗」の冒頭に登場する、親に「マー君」と呼ばれている若者の言動を通じて、読者にもだんだんと分かってくるという仕組みである。

 この男は別に心身の疲れは無さそうなのに、全面ともだちマークの部屋の中で、朝から「癒しの体操」だの「癒しの音楽」だの、昨今の私は「癒し」という言葉の濫用に辟易しているので、これだけで存分に気持ち悪い。男は120ページの集会で、ともだちに「本当の意味で癒されるとは、どういうことなのですか」と訊いている。よほど癒されたいらしい。


 154ページ目で、ともだちマーク入りのTシャツや着替え用のパンツやらの荷造りをしたこの男が、次のページで出刃包丁を握りしめてほくそ笑んでいる場面が出てくることにより、物語は緊張の度を深める。彼が家を出たとき、ケンヂは単独調査の甲斐あってこの男、すなわち田村マサオに辿りつくが、全く会話がかみ合わない。すでに、マサオは「13番」の顔つきになっている。

 168ページ目は、またも新聞を読みながら時事を読者に伝える役のお母ちゃんが、新興宗教の教祖、ピエール一文字氏の刺殺事件を読み上げている。どうみてもピエール氏の外見はポール牧だが、映画のときにはもう亡くなっていたのだろうか。ぜひご本人に演じてもらいたかったな。ご冥福をお祈りします。


 その前の場面で、150ページ目で名簿に目を通しながら”ともだち”が「この人と、この人は”絶交”だ」と宣告し、続けて「体中の血が全部流れ出ちゃう絶交がいいかな」と注文をつけている場面が出てくる。

 そしてマサオは、ピエールを刺殺する際に「絶交だ」と叫んでいる。このことから、ともだち集団はすでに殺人を平気で行う凶悪なカルトであり、ピエールはもちろん、金田青年の失血死もおそらく彼らの組織的犯行と推測される。

 
 196ページ目に”ともだち”の本性がさらに明らかにされる場面が登場する。まだこの時点ではお面をかぶっていない様子の”ともだち”が、「これからも、多くの邪教を唱えるものが”絶交”されるでしょう」と語る。「絶交」はともだちが過去を引きずっている用語であることが後に分かるが、意味はオウム真理教の「ポア」と変わらない。

 ここで”ともだち”は「宇宙が真の”ともだち”選びを始めたのです」と語り、若い世代が大半を占めている様子の信者たちから、ともだちコールを浴びている。どうやら「宇宙」がともだちのキーワードらしいのだが、それはまた追い追い考えよう。


 188ページ、189ページで信者たちが左右に振る腕は、以前も触れたように左手である。これほど大ぜい居るのに、誰ひとり腕時計をしていない。うちの母によると「腕時計は働く男のシンボル」であり、私は四十代になっても腕時計をしていないと注意された。ケータイその他の携帯端末の普及で、腕時計は働く人の必需品ではなくなってしまったのだ。さて、次から話題をケンヂに戻そう。


(この稿おわり)



ご近所の伝統的な時計屋さん。先日、電池を替えてもらった。
時計と電池のことなら話は尽きないご様子である。(2011年7月2日撮影)









































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