ジャリ穴騒動に関するケンヂの追憶は、第1巻96ページ目で、ドンキーが秘密基地の仲間に迎え入れられたところで終わる。その命の恩人が他界して、これから通夜に行くため礼服を着て靴を履いたものの、ケンヂは力なく玄関に座りこんだまま回想から現実に戻る。
戻った途端に目に入ったのは、当のドンキー本人から届いていた手紙であった。何というタイミングであろうか。その次にドンキーから届くメッセージと違って、きちんと封筒に入った手紙で文面も落ち着いている。私にとって残念ながら、遠藤家の郵便番号と住所は読み取れない。
ともあれ、その封書の中に「このマークを覚えていないか」という一文とともに、ともだちマークが入っていたのだ。焼香が終わった後で、ケンヂはドンキーからの手紙を取り出しながら同席の旧友たちの意見を訊こうとするのだが、話の腰を折られて、その日は話題にすることなく終わってしまう。
もっとも、この後でまた新たな情報が加わって、次の飲み会では黙っている訳にはいかなくなるのだが、その話はもう少し先のこと。まだまだケンヂには切迫感がない。
ご焼香の順番待ちをしながら、マルオが語るところによれば、昔は大勢いたドンキーの兄弟はちゃんと見分けがついたのに、今では「どれがドンキー2号で、どれがドンキー4号だか」分からないという話は、葬儀の席上では不謹慎かもしれないが、ちょっと可笑しくもある。第2巻の最後で明らかになるが、ドンキーの本名は木戸三郎なので、ドンキー3号だったのだろう。
精進落としの席上でモンちゃんが初登場する。ケンヂの後頭部を殴りつけて、「よお、ケンヂ!! 久しぶりだな! 相変わらず、バカやっているようだな。」と言って着席する、この仲間では珍しく引きしまった顔立ちの男がモンちゃんである。およそケンヂほど、登場人物のほとんどに「バカ呼ばわり」され続ける主人公も珍しいであろう。
和田誠氏の「お楽しみはこれからだ」という一連の映画評論の著作は、お楽しみの映画の選び方、選んだ理由となっている台詞の面白さ、そしてもちろん、とにかく上手いとか言いようのない一コマ・イラストレーションの出来栄え、どれをとっても最高級の娯楽作品である。
その中に「男はつらいよ」も選ばれていて、確か初期の作品なのだが久しぶりに「生まれは葛飾柴又」に帰ってきた寅さんを見かけた自転車の男が「久しぶりだね、寅さん、帰ってきたのかい?」と声を掛けてくれる。その返事が和田さんの気に入って収録されているのだ。「よう、相変わらず馬鹿か」というご挨拶だ。モンちゃん対ケンヂのとそっくりだ。
モンちゃんはドイツ国デュッセルドルフ市に海外勤務中であり、たまたま一時帰国したところ、この訃報を聞いて参列したのだという。彼に伝えたのはおそらく同行してきたケロヨンではないか。前にも書いたと思うが、秘密基地の仲間も、オリジナル・メンバーの4人と、それ以外の関係者たちとでは、若干、親しさの度合いに濃淡がある。
モンちゃんは、これから何回も出て来る過去のシーンにおいて、小学生のころケロヨンとコンチの2人と仲が良く、彼らと一緒に基地メンバーに合流したような感じがする。この時間差については、一つの可能性として、クラスが違ったのではないかという推測が成り立つ。
クラス分けの件は、今後、ともだちとは誰なのか、何故こういうことになったのかという検討をする際に、非常に重要な手がかりになると想像しているのだが、今の時点では情報がほとんどないので議論は時期尚早である。得意の問題先送りで逃げる。
ともあれ、モンちゃんがこのタイミングで一時帰国してくれたおかげで、本当に関係者は(登場人物も作者も読者も)助かったのだ。彼の記憶力のおかげで、「理科室の夜」のエピソードが共有され、そして、秘密基地撤退に際して地下に埋めた缶が出て来るのだから。他方で彼は、この一時帰国のせいで人生が変わってしまうのだが...。
モンちゃんは、後に出て来るが、ラガーマンである。挙動が爽やかで誠実である。遠い先のことであるが、「21世紀少年」に描かれるバーチャル・リアリティーの中とはいえ、少年時代のモンちゃんに再会したヨシツネやケンヂの喜びようは、単なるノスタルジーというものではあるまい。みんな私と同じようにモンちゃんに好意を持っていたのだ。さて、次回は問題の「理科室の夜」。
(この稿おわり)
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